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4 淡雪

『―――― 可愛いお花ね』


 あなたは、そう言ってくれたのに。







 * * * * *



 飴色の目をした彼女と直に話したのは、あの春の日だけ。


 もともと小鳥はあまり里の中心の方には近付かない。

 里の人間と会った時、どうすればいいか分からないからだ。

 だから偶然、娘が毎日のように河の岸辺に居るのを知ってからも、時折遠くから眺めるくらいだった。

 彼女はいつも、河の向こう岸を見つめている。

 飽きることなく毎日のように注がれる視線の向こうには、一体何があるのだろう。


(――― 話しかけたら、教えてくれるかな)

(――― もっと修行して、ばば様のような立派な術者になれれば、たくさんお話し出来るかな)


 いろいろ考えても、今の小鳥には何も許されなくて。

 毎日、何かを待っているかのような彼女を眺めることしか出来なかった。



 夏が過ぎ、紅葉の季節を経て、雪の季節を迎えるまで。









 その年、初めての雪が降った日。


 いつもの河原に佇む娘。

 けれど、彼女はいつもと違って一人じゃなかった。


 彼女に寄り添う、真白い男の人。



「――― お止し。見るんじゃない」


 いつの間にか隣に立っていたばば様に肩を掴まれ、二人の情景に魅入っていた小鳥は我に返った。

「帰るよ」

 そう告げられ手を引かれる。

 慌てて背後の二人を振り返ろうとしたが、ばば様はそれを許してくれなかった。

「ばば様! ねえ、ばば様っ。待ってよ!」

「冬の間は、もうここに来ちゃいけない」

「駄目だよ、あの人に教えてあげなきゃ! だって、あの(ひと)は……!」


 あの男は、〈人〉ではないのに――― !


 必死で言い募った小鳥の言葉に歩みを止めたばば様は、小鳥の方を振り返ることなく、背中を見せたまま言った。

「…… あの娘は、いずれ向こう岸に渡ることを選ぶ。あちらに渡った方が、きっと幸せになれるだろうよ」

 再び歩き出したばば様は、今度はもう歩みを止めなかった。小鳥も抗うことはせず、それに続く。



 このいくつかの季節の間に、小鳥は娘がこの里の長の孫娘であること、そしてその境遇が恵まれたものでないことを知った。

 ――― 河の向こう岸に、彼女が望むもの。

 それが何なのか、薄らと分かっているような気もする。



 先ほど見た、娘に寄り添う〈人〉でない男。

 遠目でも、彼が彼女に対してどんな感情を向けているのかはっきりと分かった。

 彼女の方が、彼に対してどんな感情を抱いているのかも。




(――― そうだね、ばば様)


 ばば様は正しい。

 たぶんあのひとは、いずれ向こうに渡る。

 

 あのひとは、それで幸せになれるのかもしれない。




(――― でもね……、)



 小鳥は子供だ。

 どうしようもなく子供で、あの人に話しかけることすら出来ない。


 でも、そんな子供の小鳥にでも、分かることはあるのだ。


 

(…… たとえ、いつか向こう岸に渡ってしまうのだとしても、ここでだって、あげることが出来たんじゃないかと思うよ)



 そう、例えば――――、


 ありがとうの言葉や、ほんの小さな花ぐらいの幸せを、誰かから。








 彼女が全てを置いて渡ったのは、その次の年の冬だった。



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