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13/07/12(2) 山下公園:観念するしかないな

 夜になり重慶飯店へ。

 観音、シノ、旭の三人は楽しそうに歓談しているものの、俺は正直心あらず。

 気を見てそそくさと座を外し、観音に【この後話があります、山下公園ハッピーローソン前で待ち合わせ希望】とメールを送信。

 すぐに【了解】と返信が入った。


                  ※※※


 食事会が終わり待ち合わせ場所に向かう。

 シノと旭を誤魔化すため遠回りしたせいか、観音は先に着いていた。コンビニの袋を下げている。買物させるくらいに待たせてしまったか。

「呼び出したのに待たせてしまってすみません」

「遠回りしてきたんだろ、察しつくからいいよ。これは私からの奢り」

 観音が買物袋からペットボトルのお茶を取り出し、差し出してきた。

受け取ると、観音は身を翻して海際を歩き始める。

 公園内はこの時間でも人が多い。恋人同士と思われる男女二人組が、ベンチや海沿いの柵際に見受けられる。

 普段の観音なら悪態の一つもつきそうだが、目をくれる様子すらない。すたすた海辺に向けて歩を進め、やや海側にせり出したスペースで立ち止まった。

「ここでいいかな」

 ゆっくり話せる場所を見繕ったのだろう。カップル達からは程良く離れている。

 観音は海の方向に遠目を見やりながら口を開く。

「海って大好きなんだ。特に夜の海ってどこまでも先が見えないだろ。ぼんやりとそれを眺めていると嫌なことつまらないこと、全部大した事じゃないって思えてしまう」

 そう言えば初めて会った時も、ずっと窓から海を眺めていたよな。

 観音がこちらに顔を向け、いつもながらの食えない笑みを浮かべる。

「それで君の話とは? 愛の告白でもしてくれるのか」

「違います」

 茶化して誤魔化そうとするところを見ると、本当は用件を分かっているのだろう。

 単刀直入に本題を切り出す。

「観音さん、何で横浜に来たんですか」

「前に話したじゃないか。西条課長が──」

「その西条課長から聞きました」

「昼間は本庁に行ってたしな、メールもらった時点で察しはしたが……」

 観音は視線を横にそらし口の片端を歪める。決まり悪そうなのがありありと伝わる。

「観念するしかないな」

 観音はきりりと口を引き締める。そして、いつもよりも更に激しく強く鋭い眼差しを向け、真っ直ぐに見据えてくる。

 しかし観音の言葉は続かない。

 躊躇しているのだろうか、彼女の口元は僅かに動き続けている。

 黙って、観音の口が開くのを待つ。


 突風が吹く。

 観音の長い髪が流れる様になびき、彼女の顔を覆い隠す。

 観音はそれをタイミングと見てとったか遂にその口から言葉を放った。

「『相方を信じるのに理由がいるのかよ』」


 ──え?


 突風が止む。

はらりと落ちた髪の向こうに現れた観音の目元は崩れていた。

「君がそう言ってくれた時、お前がいないと意味ないってギルドをやめて追いかけてきてくれた時……君が私を信じてくれた時、私は本当に嬉しかったんだぞ」


 ──えええ?


「だから私は君に、君と同じ事をした。それだけだよ」

「ね……ぎ……?」

 何を言われたか分からない。いや分かったんだけど分からない。

 なぜ観音がそれを知っている。

 皆実が話した? いや皆実にしろマツコンの一件は知っていても、俺がねぎに言った台詞までは知らない。これを知るのはねぎ本人しかいない。

 つまり……観音がねぎ本人なのだ。

「そういう事。私が弥生……いや、みつきさんの相方のねぎまぐろだよ」

 観音はにこりと笑い、落下防止の柵に寄りかかる。

「これもいい機会かもな。問題も一段落ついたし、近く折を見て話そうと思ってはいた。それにマッシュも来春には引退せざるをえないからさ」

「マッシュは海外からのINを禁じてるから?」

 観音がこくりと頷く。マッシュに限らず海外アクセスを規制するMMOは多い。

「黙って消えるのがネトゲの掟だけど、君に対してそんな真似はしたくないからさ。そうできない事情もあるし」

「事情?」

「ややこしくなるから後で話すよ。さてと、まずは何から話そうか……」

 観音が人差し指を立てて、くるくると回す。考えをまとめているのだろう……指が止まった。入れ替わりに観音の唇が動く。

「私が気づいたのは今年の一月。西条課長から例の話とともに君の人事ファイルを見せられた時だった。ファイルに目を通してすぐに私はみつきさんを連想したよ」

「すぐに、って」

「君はねぎに自分の事を話しすぎ。ただですら私は何かにつけ、ついつい詮索してしまう癖がついてるし」

「わかります。詮索が私達の仕事ですから」

「それだけなら私もたまたまで流したかもしれない。だけどキャラ名まで『みつき』とくればな……『みつき』は弥生が旧暦の三月だからその読みを変えたんだろ?」

「その通りです」

「そんな本名が簡単に推測できる安易なネーミングはやめた方がいいぞ」

「そんなのねぎじゃなければわかりませんから!」

 いくらオブラートに包もうと、自分のリアルなぞねぎにしか話してない。

 それに「弥生」は女性の名前。男性の名前としては推測しづらいし、推測できたところで今度は性別が嘘と思うのが関の山。俺だってそこまでは考えている。

 もっとも観音の方も洒落のつもりだったのだろう。くすりと笑う。

「まあいいよ、そこはお互い様だし。私のキャラ名も本名が簡単に推測できるからさ」

「この際ですからそれも聞かせてもらえますか」

 変なネーミングだと思っていたが、正体を知ればいくつかは理由が頭に浮かぶ。

 オタの弟がいるからマンガのタイトルが由来か。はたまたカラオケ好きだからボーカロイドのトレードマークか。

「私のキャラ名の由来は広島名産の『観音ねぎ』だよ。でも『ねぎ』は他の人が使っててさ。『ねぎ』とくれば『ねぎま』だろうと打ち込んでみたけどこれもだめ。それで仕方なく『ねぎまぐろ』にしたんだ」

 ……ただの行き当たりばったりじゃないか。

「わかりませんから! 観音ねぎなんて普通の人はまず知りませんから!」

「美味しいのに」

 観音がけらけらと笑う。全くもう。

「話を続けようか。もうお察しだろうけど、マッシュで話していたねぎの設定は全て弟のもの。あのスカイプも弟を代わりに出させた」

「でも弟さんはデブじゃないですよね」

「あれは元デブだったんだ、ほら」

 観音がスマホを取り出したので覗き込む。

 うわ、これはひどい。

 映っていたのは振袖姿で泣いてるデブっ娘、いや男の娘。とりあえず現在の面影は全くない。観音の顔を二倍くらいに膨らませて飴玉を頬張らせたらこんな感じか。

「こ、これは……」

 そもそもどんなシチュエーションでこの写真を撮ったのか。俺にはドS姉が弟にムリヤリ女装させていじめているとしか思えない。

「私はデブが嫌いだと言ったろ。それは身内だって例外じゃない。痩せないとこの写真をネット上にばらまくと脅して無理矢理ダイエットさせたんだ」

 ひ、ひどすぎる。これに比べたら俺の扱いは天国だったとすら言いうる。

 観音がスマホを仕舞って話を続ける。

「私がマッシュを始めたのは君と同じく弟に勧められたから。正しくは私達に勧めた弟妹達の動機が同じだったと言うべきかな」

「どういうことですか」

「皆実と最初にお茶した時、真っ先に『兄ぃに職場で何が起こってるんですか』って問い詰められたよ。目は死んでるし、太ってるし、明らかにおかしいって。身内なら当然そう思うだろうし、弟を持つ身として気持もわかるから話せる範囲で話した」

「私の前ではそんな心配してる素振り、全く見せませんでしたけど」

「君の事だから心配すれば強がるだろうし、かえって負担を掛けかねないから見ない振りしてたんだと。それで少しでも息抜きになればと思ってマッシュを勧めたそうだ」

 皆実……。

 観音が俺の気持ちを察したのか、優しげに目を細める。

「私は君みたいに深刻な事情を抱えていたわけじゃないが、こういう仕事だから弟が心配してくれてさ。『素性を明かさずに済むネトゲなら姉貴も友達できるだろ』って」

 ああ、だから「キャラに個性は要らない」なのか。

 でも職場もマッシュもシンプルな黒装束ながら目立つ存在なのは変わりない。やっぱり変な個性が出てしまっている。

 ただ俺が女性キャラ使うのと根は同じ。同僚として気持自体はよくわかる。

「それで私の他に友達はできたんですか。確か一人や二人はいると言ってましたよね」

「君は意地悪だな。ギルドに連れてきたのは弟とその教え子だよ。君は二人が入会して以降INしてないから、まだ顔合わせしてないけどさ」

 観音が口をとんがらせる。

 ああ……この人ってつくづくぼっちマスターなんだ。

「これは皆実に話していいんですか?」

 そうじゃないとさすがにやりづらい。

「皆実にはとっくにばれてるよ。それがさっき言った『事情』」

「どういう事ですか?」

「弟が皆実に捕まって吐かされてさ。仕方ないから私も観念した」

 あのバカ野郎、と付け加えた様に吐き捨てて締め括る。

 まあ……皆実のことだ。何かうまいこと言って騙くらかしたのだろう。その点では観音の弟に同情を禁じえない。

「皆実からは全く何にも聞いてないんですけど」

「当たり前だ。イチゴ大福を山ほど奢って口止めしたよ」

 はあ……そんなもので買収されてしまった妹を持つ自分自身に同情を禁じえない。

「私がねぎであるという証拠を見せてやろう」

 観音が左手を突き出してきた。

「これが特訓でキーボードを叩き続け、血豆を潰してできあがったタコだ!」

「そんなもの見せないで!」

 引いた。実際に見せられると、これは俺でも引いた。

 観音はくすりと笑う。

「まさか気楽に遊んでいたネトゲで晒されるなんて思いもしなかった。本気で滅入った。そしてあの時以来、みつきさんってリアルではどんな人だろうって考える様になった。いつかリアルで会えたらなって。まさかこんな近くにいるなんて──」

 そのまま満天の星が広がる夜空を見上げ、話を続けていく。

「──ずっと伝えたかった。私が『ねぎ』だって言いたかった、でも言えなかった……みつきさんとの関係が変わるのが怖かった。壊れるのが怖かった……言うわけにもいかなかった……今やっと言えてリアルの『みつき』さんと会う事ができた……」

 観音の頬に一筋の涙がつたったかに見えた。

「それって、もしかして──」

 観音に人差し指で口を塞がれた。

「ここからはリアルの話だ、厳しい事を言うから心して聞け」

 既に観音の目つきはいつもの鋭く険しいものに戻っていた。

「デブになったのも左遷されたのもそれ自体は仕方ないさ。最初に話を聞いた時、組織人としては君をバカだと思った。だけど個人としては、それ以上にかわいそうともひどすぎるとも思ったよ」

「ありがとうございます」

「悪いのはその後。君は私が行くまで本庁に戻るべく自分で何か動いたか。喫煙室警備に溺れきっているのを知った時は情けなくて泣いたわ」

「あの状況じゃ仕方ないでしょうが」

「君が一般人ならその台詞も許す。だけど君はみつきさん。だったら来たる日のために牙を研ぎ澄ましていてほしかった」

「無茶苦茶言わな──」

 しかし俺の反論はきっぱりと遮られた。

「何もできなかったとは言わせない」

 逃げ道を許さない態度に苛立ちを覚える。

 しかし「俺の気持ちがわかるか」とも叫べない。

 なぜなら観音はわかっているからこそ口にしている。また、仮に俺と同じ立場に置かれたとしても本当に何とかしてしまっただろう。この人はそういう人だ。

 観音がペットボトルを煽る。

「西条課長が『手柄をもらえ』と仄めかした時の安堵した表情には呆れるしかなかった。何かにつけては『どうすればいいですか』と頼ってばかり。その度に私は耳を塞ぎたくなった」

 まったく返す言葉がない。俯くことで目線を逸らしかける。

 すると、観音の表情がふっと和らいだ。

「でも、それでも、助けてあげたかった。私にできる事は何でもしてあげたかった。私の知っているみつきさんならいつかは自分の足で立ち上がる。そう信じ続けた」

 俺が何も答えられずにいると、観音は間を取って呟く様に繋いだ。

「……そして君は私の信頼に見事応えてくれた」

 観音がすっと頭を下げてくる。

「ありがとう」

「それは私の言うべき言葉です。これまで本当にありがとうございました」

 観音はニッとしてみせる。

「これで私からの話は終わりだ」

 続いてペットボトルをそそくさと鞄に仕舞う。

「じゃあな、おやすみ」

 その台詞が耳に届いた時には、既に観音が俺の横を通り過ぎようとしていた。

「待てよ!」

 とっさに観音の肩を掴んだ。

 勝手に話を打ち切って帰ろうとするんじゃねえよ! あまりに綺麗にまとめられたので、このまま呆然と見送ってしまうところだった。

 観音は俺に色々してくれた。とことんまで俺を信じてくれた。

 俺の側もそれに応えるべく結果を残せた。でも逆に言えばそれは全て観音がいたからこそ。俺は観音の手の平で踊っていただけだ。

 観音は俺が自分の足で立ち上がったという。だけどそれは観音の導きあってこそだ。それで残した結果なぞ「俺の仕事」だなんて言えるものか。例え観音や西条課長が、あるいは組織的にもそう評価してくれたとしてもだ。

 俺が「みつき」なら、そんなの絶対に認められない。少なくとも目の前にいる「ねぎ」と対等のプレイをなしえたなどと、口が裂けても言えやしないから。

「勝ち逃げするつもりかよ。俺に散々力の差を見せつけて、高みから見下ろして、全部自分の筋書通りに運んで、お前はそれでさぞ満足してるんだろうよ」

 わかっている。

 観音がそんな人間じゃないことも。

 俺の事を本気で心配してくれた事も。

 気遣ってくれた事も。

 耐え抜いてくれた事も。

 でも、それでも言葉が止まらない。

「俺の道は全部俺が切り開く。お前にだけは絶対負けない!」

 観音が俺の手を払い再び振り向く。一息飲み込んで鋭く睨む。

「君は何か勘違いしてないか? よくやったというのは、あくまでキャリアとしての話。現時点では本対一本あがっただけ。そんなの現場職員なら当然の仕事だ」

 自信たっぷりの口調。完全に見下した目つきをして冷たく突き放す。

 そりゃそうだ。

 現在何一つ実績の無い自分の台詞に説得力がないことは分かっている。

 それこそ口だけでしかない。

「でも、それでも──」

 歯噛み混じりに呟いてから、観音に向けて言葉を放つ。

「──お前に勝てなければ勝つまでやってやる。今は負けていても絶対に追いついてやる。抜いてやる。お前に負けを認めるくらいならいくらでも頑張って這い上がってやる。『ねぎ』だろうと『観音』だろうと絶対に俺が勝ってやる」

 俺は一体何を言っている。負け惜しみなのだってわかっている。

 でも、言わずにはいられない。

「やれやれ……君は本当に子供だな」

 観音は呆れた様に言いながら俺に顔を寄せてきた。


 ──!


 頬に一瞬だけ、軽くほんのりとした暖かみを感じた。

 観音がすっと離れる。

「負けた時の前払いだ。言葉を違えた時の利息は高いぞ?」

 観音はにやりと意地悪げな笑いを浮かべると、すっと振り向き早足で歩き出した。

「見送りはいらない。今度こそ本当におやすみ」


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