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13/06/21    スポーツクラブ:私と翠ちゃんすんごく仲いいんですよね~♪

13/06/21 金 19: 50


 いつものCARPに偽装カップル仲良く登場。この作業も、いよいよ今日が大詰め。本日はマルタイがウォーキングを終える少し前を見計らっての来所である。

 あれから観音は吉島さんとのマルセツを二回重ねた。その度に翌朝休んだが、仮眠をとれる程度の時間には帰宅できたとの話だった。

 最初の日の観音の様子から察しがついたが、吉島さんは並外れた酒豪らしい。観音はすっかり焼酎にトラウマを抱いてしまい、「大男」とラベルの貼られた五リッターボトルを見るとガクガク震え出すまでになってしまった。なんせ脱脂綿に含ませて肘の裏をなぞると、スーッとするくらいの代物だからなあ。

 でもその甲斐あって「私達親友だよね~」と言い合う関係になれたとか。たった三回会っただけで他人をそこまで信用する吉島さんには呆れるしかない。ただ……裏を返せば、それだけ寂しかったのだろう。都会ってそんなものだから。

 マルタイと吉島さんが会ったという報告は、既にシノから受けている。後はマルタイに観音の話が伝わっているのを祈るのみ。

 観音はジムに入るや、吉島さんに飛びつく。

「翠ちゃーん、こんばんは~♪」

「あー観音ちゃん、こんばんは~」

 二人が手を取り合い、きゃっきゃしている。翠ちゃん、ね……いや、だめだ。素に戻ってはいけない。気を引き締めないと。

 吉島さんが俺に視線を振り向けてくる。

「弥生さんもこんばんは~、今日はお二人御一緒なんですね」

「僕は後回しですか、しかも観音のおまけみたいに」

「いやいや、男は小さな事気にしない」

「そうそう。弥生、ストレッチしよう♪」

 マットに座り、傍らに吉島さんが立つ。

 俺と観音は体をマルタイの方に向け、自然と視界に入る姿勢をとる。そしてひっきりなしに雑談の話題をつなげ、吉島さんを引き止め続けた。

 ──トレの終わったマルタイが近づいてきた。

「金本さん、こんばんは」

「お、弥生さん久しぶり。ここのところ随分遅いみたいだねえ」

「そうなんですよ、もう仕事が忙しくて」

「隣のすごいべっぴんさんが噂の彼女?」

 よし、吉島さんから観音の話は伝わっている。目論見通り。

「ね、観音ちゃんってすっごく綺麗でしょう。私もこんな女性になりたい」

「やだなあ、翠ちゃん。私達二人とも『いい女目指そう同盟』じゃない♪」

 観音が立ち上がり、頭を深々と下げる。

「金本さん初めまして。二人からは常々お話を伺ってます。弥生曰く『糖尿病の大先輩』だそうで」

 少々くだけながらも、全体には固めの自己紹介。マルセの人は礼儀にうるさいから、それを意識してのものだろう。

 マルタイがタオルで汗を拭きつつ、苦笑いで答える。

「これは丁寧な御挨拶を。初めまして金本です。しかし嫌な大先輩だねえ」

「いやいや、弥生はどうしようもない不精者でして。もし金本さんが糖尿病の怖さを教えていただけず、お手本を示してくださらなかったら、絶対何もしなかったに決まってるんですから」

「んなことねーよ。ひでえなあ、まったく」

 現実に、あなたが皆実にチクるまで何もしなかったけどさ。

「いえいえ、私も弥生さんとは楽しく過ごさせてもらってるから」

「本当にもう。弥生って、何で糖尿病の癖に体に気を使わないかな。この人せっかく将来有望な職に就いているというのにさ。出世する前に早死にしちゃいそう」

 始まった。いよいよここからだ。

「あれ、有望って? 観音ちゃんと弥生さんって同じ会社でしょ」

「実はね、弥生はキャリア官僚なの。うちには出向で来てるんだ」

「こら、ばらすな!」

 とっさに真面目な顔で観音をきっぱりと叱る。

 これもシナリオ通り。

 マルセの人は面子と肩書を重んじる。だから俺が若僧でもマルタイと付き合うに足る身分であるとアピールしたのだ。俺の口から出せば尊大にも映るが、第三者の口からなら受け容れやすい。キャリアという身分は俺の数少ない武器、使える物は使う。

 案の定だ。マルタイの俺を見る目が変わった。

 一方で吉島さんは全く関心なさげ。

「へえ。で、キャリア官僚って何?」

「お役人さんの中でも絶対に出世が約束された人だよ」

 吉島さんの問いにマルタイが答える。

 ここは当然謙遜する。

「大したことないです。最近は公務員叩きもキャリア叩きもひどいですし。自分がそうだとばれると大抵嫌われますので普段は隠してるんです」

「いやいや。まさにエリート中のエリート。私もそんな人と知り合えて嬉しいよ」

「そう言っていただけるのでしたら僕も光栄です」

「それは将来のためにも体を大事にしないとね。ところでどちらの役所なのかな」

 よし、食いついた。観音頼む。

「法務省です」

「だから、お前は言うんじゃない!」

 俺は慌てて叫び、怒る振りをする。いかにも観音が一人でばらし続けている様に。

 マルタイがピクっと反応する。彼らにとっては「法務省=公安庁」だから当然だ。

「法務省ですか。法務省のどちらに?」

 現在は出向中と言っているのに「どちらに」もないだろう。観音が答える。

「私も詳しい事は知らないんです。うちの会社ってアジア、具体的には極東の政治経済を研究してるシンクタンクですから、そっち関係だと思いますよ」

 言い終えた観音は、意味ありげにニヤリとする。部長職のマルタイなら、これで観音も公安庁の人間と悟ったはず。つまり観音は「現在あなたをマルコウしてるんですよ」と宣言したのだ。

 マルタイはぽかんとする。

 俺も合わせてぽかんとする。一般人相手にこんな言い方はしないから、目の前で仕事絡みの何かが起こったのはわかる、だけど事態が飲み込めないから呆けるしかない……といった風に装って。

 マルタイが俺を見る。俺は口を開けたまま、黙って首を振る。

 マルタイは混乱しているだろう。俺がマルコウをしていたなら、観音の行動には合理性がない。だって俺達は既に仲良くなっていた、それこそがマルコウにおける苦労であり成果。観音はそれをぶち壊しただけなのだから。

 かと言って、同僚であるはずの俺が何も知らないのも考えづらい。

 ただし、マルタイにとって一つだけ確実に言えることがある。それは観音が吉島さんに取り入って、事実上の人質にとった事。ならばマルタイとしては当面その事態に対処するしかない。

 マルタイの選択肢は二つ。キレるか、逃げるか。

 ここは俺達もバクチだ。

 キレるなら吉島さんをここで切るということ。

 恋人を思いやるなら、こんな生臭い話には絶対に巻き込めない。

 吉島さんは日本人かつ一般人。事情を知ればショックだろうし人間不信に陥りかねない。また関わりたくないと思って自ら別れを切り出してくるのもありうる。しかも「裁かれなければ何でもあり」がこの世界。もっと最悪な事態はいくらでも考え得る。

 切るという行為は、マルタイがそれら全てを覚悟したのに等しい。そこまで開き直られてしまうと、俺達にはもはや打つ手がない。

 逃げるなら決断は後回し。

 そうしてくれれば計画は一歩進む。マルタイの動揺を誘った一番の理由はここにある。分別ある人なら混乱した頭での決断は避けようとするから。

 ──マルタイが俺達に背を向ける。

「シャワー浴びたいので失礼させてもらうよ」

 うし、逃げてくれた!

 マルタイは挨拶を言い終える前に歩き始めていた。

 しかし観音が浮かれた口調に切り替え、呼び止める。

「か~ねもとさんっ♪」

「金本さん、観音ちゃんが呼んでますよ」

 ぶっ、吉島さんまでもが呼び止めてしまった。

 ここで観音は底抜けの笑顔を浮かべる。

「私と翠ちゃん、すんごく仲いいんですよね~♪」

 事実上の恫喝。

 マルタイの頭には「彼女がどうなっても知らないよ」と続いているだろう。

 マルタイが足を止める。ここでなんと吉島さんが満面の笑顔でダメ押しした。

「ね~」

 知らぬ事とは言え……。

 観音はうきうきとスキップしながら、マルタイの前に回り込む。

「弥生と金本さんにも私達みたいに仲良くなってもらいたいなあ♪ 良かったら今度、弥生をお酒にでも誘ってやってもらえませんか♪」

「うんうん、それがいいよ~」

 吉島さん……。

 無言のマルタイに相対して観音が続ける。

「会社の連絡先は翠ちゃんが知ってます。御都合よろしい時に連絡ください♪」

「わかった……お疲れ様……」

 マルタイは顔を伏せ、足早に去った。もう観音の顔は見たくもないだろう。

 ここまでは絵図通りに進んだ。後は待つだけだ。


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