13/06/13 横浜オフィス:これ見てると今度は男の子が欲しくなるねぇ
13/06/13 木 10:30
現在は部屋で昨日の記録を作成中。
隣のシノが話しかけてきた。
「観音さん来ないけど、まさか今日も寝坊?」
「んーん。寝てるとは思うけど、今度は仕事」
今朝、観音は勤務開始時間過ぎても役所に来なかった。
恐らく夕べの飲みが遅くなったから一寝入りしているのだろう。
電話がないのは首席や土橋統括も了解済みだから。
現場仕事は相手次第だから時間が読めない。マルセツや連絡が深夜まで及ぶのはざらだし、神経もすり減らす。一方で残業代は出ない。それゆえフレックスタイム出勤が暗黙の内に認められている。
まあ、昼過ぎには出勤してくるだろう。
※※※
ランチタイム。観音はまだ来ていない。
入れ替わりになるとまずいので、迂闊に外をうろつけない。
ダッシュで社員食堂へ、ダッシュでカレーをかき込み、ダッシュで部屋に戻った。
そして現在は喫煙室。土橋統括と一緒に、ゆったり食後の一服中。
「土橋統括、たまにはこんなのどうです?」
「これ見てると今度は男の子が欲しくなるねぇ」
土橋統括に見せているのは「男の娘マガジン」とやらの雑誌。昨晩帰宅すると、俺の机に置かれていた。皆実はいったい何を血迷っている。
でもこれを見ていると、性別の違いなぞ些細な事と思えてしまうから不思議だ。無乳な分、理想ですらある。観音の弟やその教え子なら俺的に十分ありだから、もしねぎが男の娘なら九〇㎏でもいけるかもしれない。
ねぎと会ってみたいなあ……いかんいかん、これこそ皆実の罠だ。
ページを捲るとスク水のイラスト。膨らむ股間を見て抵抗を覚える自分に安堵する。
──あれ? 背後から雑誌を引き抜かれた。
「お二人とも何を見てるんですか~」
「なんでお前が喫煙室に?」
「観音さん知らないかと~──って! 変態変態変態、最悪すぎです~」
「いたた、やめろ、やめろってば!」
旭が雑誌で頭をばしばし叩いてきた。
「しかも男の娘って~。職場には女子もいることを忘れないでください~!」
「だからお前のいない所で読んでいたんだろうが!」
旭が叩くのを止めて腕を組む。その困った女教師みたいなポーズ、まったく似合ってねーよ。
「まったくもう~。それで観音さんは~?」
「まだ来てないよ。観音さんは夕べ仕事だったから寝てるんじゃないかな」
「ふーん、そうなんですか~……それであなた方二人は観音さんが頑張ってる裏でこんな物を~……」
旭がいかにも呆れ果てた顔をする。しかしここは言わせてもらいたい。
「観音さんだもん。任せておけば大丈夫だから。ねえ土橋統括?」
「うんうん~。あの年増から仕事取ったら、現世に存在する意味なんてないしぃ~」
あなたも大概ひどいな。
「何だかなあ~」
旭は男の娘マガジンを持ったまま行ってしまった。まだ読み終えてないのに。
まあいい。俺達二人、だらりとソファーに寝転がる。
待つしかできない身でぴりぴりしても仕方ない。
観音なら上手くやったはず。そう信じているからこそ気楽でいられるのだ。
※※※
一四時を回る。
「お……はよう……」
ようやく観音が出社した。
声は途切れ途切れですっかり掠れてしまっている。服装は昨日と同じ。足元は憶付かず髪はぼさぼさ。顔色は青いを通り越してどす黒く、伊達メガネで誤魔化している。
「おはよ──危ないっ!」
観音がよろめいて倒れかけたので、とっさに席を立ち上がって体を支えた。
うっ、酒臭い。
「うー、頭痛い……ガンガンする……」
「その格好は? 終わった後に一寝入りしなかったんですか?」
「あの後は彼女の家に泊まって……そのまま来た……ほとんど寝てない……」
「あれから今までずっとやってたんですか!?」
なんてこった……。
「正確にはずっと飲んでた……彼女落ちたぞ……喫煙室……シノも呼んでくれ……」
喫煙室。
ソファーに横たわった観音がシノに顔を向ける。その眼差しは一見弱々しくも見えるが、瞳にはいつもと変わらぬ光が宿っている。
「シノ……今日から火木だけ作業を再開してくれ……マルタイが吉島の車に乗るかを確認するだけでいい……尾行の必要はない……」
了解です、とシノが頷く。
観音はシノに目だけの笑いで応じ、続いて俺に顔を向ける。
「相手は一般人……誘導して口を割らせるのは簡単……全部話してくれたよ……のろけに愚痴に相談に……確かに二人は純愛だ……」
「たった一日でそこまで取り入りましたか」
「田舎から単身で上京だから……友達いないらしい……私に本心で憧れてくれたようだ……客商売でストレス溜まってたみたいで……夜が明けても更に飲みが続いた……」
いつもニコニコ愛想良くしてくれてるからなあ。あれは地ではなく、以前に観音が言った通り「仕事だから」だったのか。こういう裏側を聞くと夢が壊れてしまう。
と言うか、この人達は一体どれだけ飲んだんだ……。
「お疲れ様です」
「マルタイのことを『タッちゃん』だとよ……『きゃっ』とか『むふっ』とか……いつの時代のマンガヒロインのつもりだ……リア充死にやがれ……」
きっついなあ。今回ばかりは観音の僻みと思わず、心から同情する。
「では私は次の段階までマルタイとの接触を避けます。観音さんも予定通りに」
「うむ……悪いが今日は帰る……これじゃ仕事にならん……」
見ていて危なっかしいからと、駅のホームまで俺とシノが肩を貸す。
ふらふらになりながら電車に乗り込む観音の後ろ姿に、俺達二人は調査官魂を見た。




