13/05/14 スポーツクラブ:だって弟のラノベに書いてたからさ
13/05/14 火 19: 30
今日は散々だった。
朝は県本委員長の尾行を試みるも空振り。待機したはいいが顔がわからなかった。
個人ファイルの顔写真は外国人登録原票の白黒写しだから粗く汚い。組織部長Pもそうだった。ただ、自宅入口を直接監視できたからわかっただけのことで。
と言っても、県本前に張り込んで面割作業をするほど悠長に構えてもいられない。作業したところで、顔と名前を突き合わせてくれる協力者もいないし。
昼は民団支部を片っ端から回ってみた。しかし「知らない」、「調べてから出直せ」、「仕事の邪魔」と叩き出され続けた。
何ら具体的な話を持たず飛び込んだ俺の方が悪いから、その扱いも当然。しかしわかってはいても気は滅入る。
──そんなわけで退勤後の尾行を取りやめ、現在はCARP。
バイクのペダルを力一杯踏みつける事で日中の憂さを晴らしている。
どうせ長丁場になるんだから根気が大事。こんな前向きな形でストレス発散とか、俺も変わったものだ。
しかし今日は火曜日。残念ながら吉島さんはいない。
それだけでもやる気が落ちるのに、周囲は目障りなカップルばかり。
救いはオヤジ達が一人もいない事だけ。ハゲもデブも見苦しいから視界に入れたくない。もちろん鏡の中の俺含む。
ちくしょう、こうなればカップル達の彼女を見つめて妄想に耽ってやる。スポーツクラブは萌えの宝庫だということを思い知るがいい。
──バシッと頭をはたかれる。
横を見ると、Tシャツにスパッツ姿の観音がいた。
「この男は何をいやらしい目をしているんだ」
「いいじゃないですか。私だって、みっくみくメドレーしたくなる時はありますよ」
「いやらしい目つきとボーカロイドを結びつける様な誤解される表現はやめろよ」
「憂さ晴らしとボーカロイドが結ばれましたけどね。観音さんのカラオケのせいで」
「よし、じゃあ今日もつきあえ。私が奢る」
「そこで無い胸を張るのはやめて下さい」
皮肉のつもりだったのに、何故か褒め言葉として受け取られたらしい。今日はゆったりしたTシャツを着ているから、なおさら真っ平らに見える。
「そうだろう、そうだろう。私の薄い胸は芸術だ」
この女に日本語は通じないのか。
いつもながら、この微妙に噛み合わない会話は何なんだ。
「でも珍しいですね。観音さんがプールじゃなくジムの方に来るなんて」
「単に気分だよ。君の監視も兼ねてはいるが心配はいらなさそうだな」
「監視って。私はそんなに信用無いですか」
「いつも外から見てる分には、ちゃんと熱心に励んでるなあと感心してるけどさ」
「いつも見てるんですかい」
「弥生、君はいい加減にその防衛意識の無さを改めろ」
どこぞのスナイパーじゃあるまいし、仕事中以外で背後を気にしていられるか。
──観音がマットに向かうので俺もついていく。
「さて座れ。そして私の足首を支えろ。腹筋しながら変な声出すから」
「いや、支えるのは構わないですけど変な声はいらないですから」
「せっかく『くふ~』とか『はあん』とか叫ぼうと思ったのに」
「止めて下さい。あなたは痴女ですか。さっさと寝転って下さい」
「だって弟のラノベに書いてたからさ。こういうのを男性は喜ぶのかなあって」
観音、あなたこそいい加減にその男に対する変な認識を改めろ。
「そんな声をこんな所で出してたら、私が喜ぶ前に二人ともつまみ出されますよ」
「それもそうだな」
「私が言う前に気づいて下さい」
観音の準備運動が終わった後は二人で再びバイク。「何あの美人とデブ」とか「あの女ってデブ専」とかの陰口が聞こえてくる。
大きなお世話だ。もう絶対に痩せてやる。
※※※
終了後はやはりカラオケボックスに連行された。
今日は軍歌メドレーかよ。自称七歳じゃなかったのかよ。
俺も有名どころは歌える、というか練習した。公安庁には軍歌好きが多く、みんな揃って軍歌を歌うのもざら。そこで自分が歌えないと空気を壊してしまうから。
ただし今日はその心配もない。なぜなら観音がずっとマイクを離さないから。
しかも気分はすっかり軍人らしい。
「貴様も軍人なら一度は海上自衛隊呉資料館に来い! 私が案内してやる! 海に散っていった英霊の魂を貴様も見習え。ついでに体型も見習え」
「私は軍人じゃありません。それに研修で行きましたから」
「二度でも三度でも来い。大体、私達は情報将校の様なものだろ。つべこべ言うな!」
このデスマーチとも言うべき観音の軍歌メドレーは終電の時間まで続いた。




