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13/05/13    横浜オフィス:真面目にマルコウなるものをやってみようかと

13/05/13 月 15: 00


 いつもの横浜事務所。

 俺は朝から机にファイルを積み上げ睨めっこ。さて、次のファイルを見るか。

 ──ん? 土橋統括が体を丸くしながら近寄ってきた。

 上目遣いに指を咥えているのが相変わらずキモイ。

「弥生さん、どうしちゃったのぉ、やる気出してるなんて珍しいぃ」

「鬼の霍乱ってやつですよ、また後で遊んであげますから」

「そんな事を言わないでぇ。弥生さん、今すぐ僕と魔法少女ごっこしようよぉ」

「私が代わりにお付き合い致しましょう」

 観音が土橋統括の前に立つ。

「弥生の邪魔をするな」と遠回しに窘めてくれたのだろう。

 しかし土橋統括は観音に向けて顎をしゃくると、鼻で笑い飛ばした。

「はん。天満川さん、魔法『少女』って年齢ぃ?」

 もう誰も止めなかった。

 観音は土橋統括をヘッドロックして部屋から出て行った。少しすると観音だけが戻ってきた。土橋統括はどこかに拉致されたらしい。

 読んでいた文書を放り投げ、目頭を押さえる。さすがに疲れた。

「やっぱ簡単には出てこないなあ」

 天を見上げ、独り言を呟いてしまう。

 何をやっているのかと言えば、予対の再リストアップ。せめて自分にできる事は全部やってみよう、全力を尽くしてみようと考えたのだ。

 現状の俺に登録は無理かもしれない。でも、やってみない事には始まらない。かつての俺ならそう考えたはずだ。喫煙室警備を過ごす内に忘れてしまっていた自分を、ねぎが思い出させてくれた。

 もちろん段原補佐は見返したい。本庁に帰る建前だって欲しい。

 だけど……今はそれ以上に力が欲しい。

 俺はネット弁慶なんかじゃない。リアルで周囲から認めさせるだけの、知識が欲しい、経験が欲しい、実績が欲しい。

 そう思うのは、ねぎに言われたからだけじゃない。目の前に身をもって手本を示している人がいるからだ。

 観音が皆に一目置かれるのは、キャリアというだけじゃない。それだけの実績と能力を示しているからに他ならない。

 日本男子として女を理想像とするのはいかがなものかと思わなくもない。しかし現状では足元にも及ばない現実は認めねばなるまい。その上で、まずは観音に言われた通り、身分に頼らなくとも自らを示せるだけの自分を目指したい。

 ……とは言え、やる気を出せばすぐできます、という仕事でもないんだよな。

 椅子を回転してテレビに視線を移し、興味もない大相撲中継をぼんやりと眺める。元々先日のチャットって大相撲の話題からだっけか。本当に五月場所を見ながらねぎの事を思い出しているなんて、ねぎ本人は想像すらしていないだろうな。

 しばらくぼーっとしていると、シノがカップを差し出してきた。

「ほんの少しだけ蜂蜜を入れてる。今日は頭使ってるみたいだし休まるでしょ」

「ホットミルクか、ありがと」

 カップに口をつけてずずっと啜る。これは確かに落ち着く。

 ついでに一服しよう。

「シノ、手が空いてるなら休憩つきあわないか。喫煙室で悪いけど」

「うん、いいよ」


※※※


 喫煙室。ソファーに座──ろうとしたら土橋統括!?

「うーうー……うーうー……」

 土橋統括はソファーの裏側に転がされていた。口と手首と足首はガムテープでぐるぐる巻きにされている。解いて上げないと。

 ようやくはがし終わった──と思いきや、土橋統括が胸に飛び込んできた。

 さめざめと泣いている。

「広島弁怖かったよぉ」

「知りません、自業自得です。ついでにキモイ。さっさと席に戻って下さい」

 突き飛ばしてから出口を指さすと、土橋統括はとぼとぼ歩いていった。

 なんだかなあ……シノと二人、溜息つきつつソファーに腰を下ろす。

「どうしてあの二人はあんなに仲が悪いんだよ。観音さんが嫌うのは当然だけどさ」

「まあね。でも、土橋統括の理由もわかるよ」

「それは是非聞きたい」

「弥生を盗られたと思ってるから」

「冗談でもやめろ! 俺は土橋統括のものになった覚えはない!」

 シノがくすくす笑う。

「でも弥生、今日は一体どうしちゃったの。土橋統括が動揺するのもわかるよ」

「あの構ってちゃんな態度は動揺だったのか、想像すらしなかったぞ……と言うか、どうしてシノはわかるんだ?」

「伊達にあの人の部下を何年もしてるわけじゃないもの」

 シノが自嘲してみせる。その乾いた笑いには心から同情を禁じえない。

 すっかり話が脱線してしまった。先程のシノの問いに答えよう。

「真面目にマルコウなるものをやってみようかと」

 シノの目が笑う、しかし口はあんぐり。随分と器用な表情をする。

「やる気出したのは嬉しいけどさ、喫煙室警備からこれまた極端に走ったね……」

「別にいいじゃんか。だから朝から資料と睨めっこしてるんだよ、何かマルコウの端緒になる話でも落ちてないかなって」

 シノが頷いてから、口を開く。

「そこはわかったけど……キャリアの身で真剣にマルコウすることないじゃん。いつかは弥生だって本庁に帰れると思うし、こないだのデー──焼肉工作で十分でしょ」

 それがノンキャリアから見れば当たり前の感覚だよな。多分、土橋統括の思うところも同じなのだろう。

「その本庁に戻るためだよ。ただ、他にも色々思うところがあってさ」

「どんな?」

「だから色々」

 俺の詮索されたくないという意を汲んだのだろう。シノが話題を変えた。

「じゃあそこはいいや。どの辺りを狙ってるの?」

「最近の流行りからすれば青商会一択なんだけどさ」

 シノが同意の頷きを見せる。

「そうだね。彼らって血気盛んで派手に動くし」

「今や、青商会イコールマルセ本体の活動家みたいなものだからな」

 昔だと活動家が前面に出て、商工人は裏に回って金を出すという構図だった。それが現在では活動家イコール商工人の構図となってきている。

「マルセの組織活動は金持ちじゃないとできないしね」

「『ボランティア』って呼ばれるくらい給料安いからなあ。昔の活動家は商工人の娘と結婚することでパトロンを確保していたくらいだし」

「だから年配の活動家だと、奥さんに全く頭が上がらないって話はよく聞くよね」

 そりゃそうだ。万一怒らせて離婚する羽目になったが最後、無一文で家を叩き出される運命が待っているのだから。

「そこまでして祖国に尽くしたいのか、立身出世したかったのかは知らないけどな」

 結婚くらいは自分の選んだ人としたいものだ。数十年も好きでもない女と一緒に暮らすなんて、想像するだけでもぞっとする。彼らには彼らの理屈があるのだろうけど。

「ちょっと話がそれちゃったけど、弥生の本命は青商会? 私達と年齢も近いから話はしやすいし、いいと思うけどな」

「いや、組織本体。県本の役付で考えてる」

 県本はマルセ県本部の略称。

 シノがあんぐりと口を開く、今度は目も見開いた。

「それはきついでしょ。支部委員長クラスならまだともかく」

「誰が相手でもきつい思いするのは変わらない。同じ苦労するなら大物を狙う」

 そこは先日の焼肉工作で身に染みてわかったからな。

「理屈はわかるけど、どう落とすの?」

「どうって?」

「だって防衛意識も高いし、おじいちゃんだから私達だと話も合わせられないし……」

「その通りだな」

「それにマルセの人ってプライド高くてメンツを重んじる。自分より格下と思えば、鼻にも掛けないよ」

 実際にシノは担当替えを申し出されて苦労してるしな。

 会えたところで、そこも課題ではある。

「何とかするさ。どう落とすかよりもまずは予対を見つけないとだ」

 そうねえ、とシノが腕を組む。

「うちには県本の情報を仕入れられるだけの客がいないからね。人物像も交友関係も洗えない。当然、条件も接点もわからない。だから客を作れない」

「そして振り出しに戻るの堂々巡りなんだよな」

 その点においては無理マルコウするのも仕方ないと思わざるをえない。情報網を作り上げるためには、まず最初の一人を作らないとどうにもならないのだから。

「じゃあ予対はどうやって探すつもり? まさか無理マルコウするつもりじゃ……」

「するわけないから。ひとまずは尾行や聞き込みで条件探しながら、民団回りして仲介者でも探してみるよ。とにかく足で稼いでみるつもり」

 一旦憂いを見せたシノの表情が和らぐ。

 シノとしては単純に俺の身の安否を心配してくれただけのことだろう。しかし、無理マルコウはそれ以前の理由でやりたくない。

 なぜなら先が見込めないから。条件がないという点では、焼肉工作も無理マルコウも変わらないのだ。仮に落とせたところで、そいつはマルセ上層部のコントロール下。どうせやるなら真の意味でのスパイを作り上げるのを目指したい。

 以前に尾行失敗した様に、そんな幹部が俺の接触を不審に思わないわけがない。だけど、やってみないことにはわからない。結果として無理マルコウと同じになるかもしれないが、まずは理想を追ってみたい。

 何より……いくら登録が難しいといったって庁内全体で見れば登録してる人は大勢いるし、その中には本物の客を掴んでる人だっている。これを逆に考えれば、「条件」も「接点」もどこかにあるはずなのだ。

 なければ、その時は観音の教え通り「作る」しかない。ただ、それならそれで、方法はしっかりと考えたい。

「そっか。私もできる事は協力する。応援してるから頑張って」

「ありがと」

 すっかり冷めてしまったミルクを一気に飲み干す。

 何だか妙に甘く感じるなあ。


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