13/05/10(2) マッシュ:私はみつきさんの相方である自分を誇りに感じていたい
帰宅後はいつも通りマッシュにIN。
現在はねぎとマイタケダンジョンで戦闘中。しかし日中の一件のせいで苛ついて、プレイに全然集中できない。
しかも、この部屋の敵モンスターはハムスター。可愛らしいはずのネズミ集団が、俺の目には段原補佐が大群で襲いかかってくるかの様に映る。それならそれで倒し甲斐もあるはずなのだが、マイタケダンジョンのモンスターは異常に強い。さっきからずっとやられっぱなしで、ますます苛つきが募る。
あ、また死んだ。
ねぎがちょこちょこと歩いてきて蘇生薬を振りかけてくれる。
〈ねぎまぐろ:もう……今日は一体どうしちゃったんですか。いつもと動きが違いすぎの死にまくりすぎ〉
〈みつき:ごめん、なんか戦闘に集中できなくてさ〉
〈ねぎまぐろ:仕方ないですねえ。少し休憩を入れましょうか〉
ねぎが薪を取り出して火を点ける。俺達はその火を囲む様に座る。
ちょっとしたキャンプファイア。暗い部屋の中央で火が揺らめく光景は幻想的に映り、心を落ち着かせる。
〈ねぎまぐろ:それで……何かありました?〉
〈みつき:いや別に?〉
〈ねぎまぐろ:やっぱり私が男だったから?w〉
このやるせない苛立ちは、ねぎをいじって晴らさせてもらおう。
〈みつき:ねぎなら男でもいいぞ?〉
〈ねぎまぐろ:冗談でもやめて下さい。私は本当に男ですから。女にしか興味ありませんから。男でしかもデブとやらのみつきさんには全く興味ありませんから〉
〈みつき:俺はねぎがデブでもいいぞ。デブ同士組んず解れつ絡み合おうではないか〉
〈ねぎまぐろ:大相撲の五月場所が始まりますから、是非心ゆくまで堪能して下さい〉
〈みつき:じゃあ両国国技館で初デートだな〉
〈ねぎまぐろ:いい加減にして下さい!〉
ねぎをからかって少しは心にゆとりができたかな。今日初めてねぎが視界に入った気がする。
ねぎの装いは真っ黒で一切飾り気のないローブ。デフォルトのままの容姿。ここまでは初めて出会った時から変わらないが、手にする武器はエリンギに五本しか存在しない最高の攻撃力を誇る超レア弓。
ねぎは普段からずっとこの格好。そんな人は他にいないから、キャラに個性は要らないどころかすっかり目立ってしまっている。
対する俺は武器こそ同じく超レアの剣ながらも、服は白衣に赤袴を合わせた巫女装束で着飾っている。この儀礼に縛られた感じのストイックな様式美が実に惹かれる。と言うか、かえってこういう衣装の方がエリンギでは目立たないのは皮肉なものだ。
〈ねぎまぐろ:まったくもう。それで……何かありました?〉
〈みつき:なぜ振出しに戻る〉
〈ねぎまぐろ:明らかに今日のみつきさん変ですもん。愚痴でもあるなら聞きますよ〉
〈みつき:ん……〉
ねぎには、観音に蹴り飛ばされた時みたいなネタ半分の愚痴はともかくとして、日頃抱く不平不満について愚痴った事はない。
それは秘密云々ではない。息抜きのためにゲームをしてるのに、その中で重い話をわざわざ聞かされたくはないのが普通の人の感覚だと思うから。
〈ねぎまぐろ:うちらは相方じゃないですか。遠慮しなくてもいいですよ。それに……こう言うと白けちゃいますけど、どうせリアルでは他人なんですから〉
口外する事はない、と言いたいのだろう。
〈みつき:そうだな。それじゃ御言葉に甘えさせてもらうよ〉
俺はねぎにこれまでの事を話し始めた。
もちろんそのまま話すわけにはいかない。素性を隠すべく曖昧にぼかしつつ、言葉を選びながら、ゆっくりとキーを叩く。
ねぎはところどころ相槌を入れつつ、それを聞く。
俺の長い長い語りが終わり、ねぎが返信を始めた。
〈ねぎまぐろ:……らしくないなあ〉
──えっ?
それはねぎと知り合ってから一度も見たことがなかった、否定の出だしだった。
〈ねぎまぐろ:みつきさんらしくないって言ったんです。今の話聞いたら、リアルのみつきさんってマッシュのみつきさんと全然違う人じゃないですか〉
てっきりねぎは「そうですよね、そうですよね」と同意しながら笑い合ってくれるものだと思っていた。そんな俺の期待を裏切る発言に、緊張を覚えながら次を待つ。
〈ねぎまぐろ:元上司のせいで支社に島流しされたというのがみつきさんの言い分ですよね。しかも、その元上司が今日支社に来てみつきさんをバカにしたと〉
〈ねぎまぐろ:みつきさんは島流しされて黙ってる人だったんですか。バカにされて黙ってる人だったんですか。私の知ってるみつきさんなら絶対に見返しますよ〉
〈ねぎまぐろ:私達は誰にも負けたくないからこそ、二人で競い合って腕を磨いてきたんじゃないですか。マツコンの時みたいに他人から自慢されるのを二人で悔しがりながら、一緒に頑張ってきたんじゃないですか〉
〈みつき:うん……〉
〈ねぎまぐろ:それでも我慢していれば、同じ派閥の人が手柄をくれて島流しから復帰できるという。でも、みつきさんってそれでよしとする人だったんですか?〉
〈ねぎまぐろ:他人からもらった手柄ってチートツールとどこが違うんですか。私の知ってるみつきさんなら、あげると言われても断りますよ。だって恥ですもん〉
ねぎが遠慮のない言葉で、容赦なく心を抉ってくる。
〈みつき:だって俺には無理なんだから。経験もないし方法も知らないんだから〉
〈ねぎまぐろ:情けない事言わないで下さい。至高のトリュフダンジョンの時みたいに、そこに無理ゲーがあれば挑戦するのがみつきさんでしょう。失敗しても挑戦し続けて、そしてクリアしてみせるのがみつきさんでしょう〉
〈ねぎまぐろ:それは自慢だけが目的じゃない。クリアした人にしかわからない達成感や充実感。私達はそれを味わいたくて、ずっと一緒に競い合ってきたはずですよ〉
そうだよな。お前の言う「みつき」が、まさにマッシュでの俺だ。しかしこうしてリアルをマッシュと絡めながら話されると、その落差に愕然としてしまう。
〈ねぎまぐろ:はっきり言います。みつきさんは「ネット弁慶」です。リアルで威張れないからネットで威張ってるだけじゃないですか、ただの現実逃避じゃないですか〉
胸が刺された様に痛む。涙が出そうになる。
相方であるねぎからネット弁慶だなんて言われたくなかった。
でも思い返せばその通りでしかない。
段原補佐達との対立や横浜での幽閉生活に耐えかねて逃げ込んで、そして夢中になったのがマッシュなのだから。
〈ねぎまぐろ:私はそれでもいい。私にはネットでのみつきさんが全て。マッシュの中でだけ、私の前でだけ最高の相方であってくれるなら構わない〉
〈ねぎまぐろ:でも……それでも……あくまでも私の我が儘ですけど……〉
〈ねぎまぐろ:私はリアルでも私の知るみつきさんであってほしい。例えそれをリアルで目にする事がなくても、私はみつきさんの相方である自分を誇りに感じていたい〉
キャンプファイアの火が消えた。ふっと部屋が暗くなる。
──よし、行くか。
〈みつき:ありがと。それなら俺もやるしかねーわな〉
ねぎが立ち上がり、部屋の出口へ向かう。そして俺を招くかの様に振り向いた。
〈ねぎまぐろ:先を急ぎましょう。ボス部屋までの道はまだまだ遠く険しいですよ♪〉




