第5話:神々の長期休暇と、皇帝の有給おもてなし
「……信じられん。こんな神託、我が冥府の国の歴史上、一度として存在しない」
追放されて三日目の朝。アルカイド陛下は、私の専用特等デスクの隣で、一枚の黄金の羊皮紙を手に眉をひそめていた。サファイアブルーの瞳が、これまでにないほど激しく動揺している。
「陛下、何か不具合でもありましたか?」
「不具合どころではない。天界の神々から一斉に神託が届いた。……『現在の担当者の手配が完璧すぎて、我々の心はかつてないほど満たされた。よって、今日から三日間、全員で南の島へバカンスに行ってくる。その間、天候スケジュールは現状維持で固定とする』……だそうだ」
「あら、それは良かったです! 大御所のクライアント様たちが満足して有給休暇を取ってくださるなんて、バックオフィスとしては最高の成果ですね」
私が満面の笑みで答えると、アルカイド陛下は深くため息をつき、信じられないものを見る目で私を見つめた。
「神々が三日間も大人しくしているなど、この世界の歴史上あり得ないことだ。つまり、この島には三日間、絶対に天変地異も魔獣の暴走も起きない……完璧な『安全』が保証されたということだ」
陛下は持っていた大剣を壁に立てかけると、ゆっくりと私を見下ろし、相変わらずの冷徹な声で告げた。
「ヒラリー。これはお前がもたらした平穏だ。よって、今日から三日間、お前には【完全有給休暇】を命じる」
「えっ? 有給ですか? ですが、まだデータの整理が――」
「却下だ。前世の社畜の習性とやらはここで強制的に上書きする。お前は働きすぎだ」
アルカイド陛下は私の反論を一切受け付けない『皇帝の顔』になり、私の手を取って立ち上がらせた。いつになく強引だが、その手のひらは驚くほど温かい。
「街へ行くぞ。お前を私の隣に立つにふわさしい姿に着飾らせる。これは効率よく仕事をさせるための【戦略的投資】……いや、おもてなしだ」
◇◇◇
こうして私は、アルカイド陛下に伴われ、冥府の国の中心にある華やかな帝都の街へと連れ出されることになった。
普段は漆黒の軍服を着ている陛下だが、今日は隠密行動のため、仕立ての良い黒の上質な私服を纏っている。通り過ぎる街の人々が、彼の圧倒的な美貌に息を呑んで振り返るが、陛下の冷徹な視線は私のことしか捉えていない。
「お前は元いた国で、地味で華がないと罵られていたと言ったな」
帝都で一番の高級ドレスショップに私を連れ込むと、アルカイド陛下は冷たく言い放った。店の店員たちが、皇帝の突然の来店にガタガタと震えている。
「あ、あの国の人たちは、もっと派手なドレスが主流でしたので」
「見る目がない狂人どもめ。お前のその几帳面で美しい知性には、最高級のシルクと宝石こそがふさわしい。――店主、この棚のドレス、右から左まで全て彼女のサイズに仕立てて我が宮殿へ送れ。あと、お前の瞳と同じサファイアの首飾りを」
「へ、陛下!? 右から左って、ここにあるドレス全部ですか!? 予算の承認はどうなっているのですか!?」
前世の営業事務としての経済感覚が悲鳴を上げる。しかし、絶対零度の皇帝は、私の耳元にそっと顔を近づけ、周囲には絶対に見せない甘く低い声で囁いた。
「気にするな。私の個人資産はお前が一生遊んで暮らせる分はある。それに、私が稼いだ金をお前以外の誰に使うというんだ? ……お前が綺麗に着飾って、私の隣で笑ってくれるだけで、私のすり減っていた心はすべて満たされる」
「陛下……」
他者には近づくだけで凍りつきそうなほど冷酷な男が、私の前でだけは見せる、この底なしの過保護と甘やかし。
前世で「これ明日までねw」と雑務を丸投げされ、誰からも感謝されずにボロ雑巾のように捨てられた私が、今、世界で一番価値のある存在として全肯定されている。
鏡に映った、最高級の夜空色のドレスを纏った自分の姿を見て、私は胸の奥がじんわりと温かい涙で満たされるのを感じていた。
「……とても似合っている、ヒラリー。お前は私の、唯一無二の至宝だ」
陛下の大きな手が、私の腰を優しく、けれど強く引き寄せる。彼のポーカーフェイスは崩れていなかったが、その視線は熱く、私を片時も離したくないという独占欲がはっきりと滲み出ていた。
私が新しい職場で極上の有給休暇を満喫しているその頃、ヒラリーという『優秀なストッパー』を失った祖国の王宮では、神々からの「バカンス中のため自動差し戻し」の通知が大量に届き、元婚約者のエリオットが泡を吹いて倒れていることなど、私は少しも思い出しもしなかった。
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