1-3-3 鋏神の神殿
「さっきはちょっと急かすようなこと言っちゃったけど……大丈夫、自分のペースで行こう。選定戦は一歩ずつでいいんだよ」
優しい声が、霧深い森に響いた。歩みを止めたサーラの隣で、シェリーが軽やかに微笑む。険しい山道を進む二人の目的地は、今や神話の遺構とすら言われる「鋏神の神殿」。その奥深くに、サーラが目指す伝説の魔法デバイスが眠っているはずだった。
「……ありがとう、シェリー」
サーラは頷きながらも、胸の奥に渦巻く焦燥を拭いきれずにいた。既にデバイスを手にした挑戦者が複数いるという情報が飛び交っている。力を持つ者たちが次々と先を行く中、自分だけが取り残されているような気がしてならなかった。
──私には、まだ何もない。
その思いが、無意識に足を速めさせる。だが、隣のシェリーの穏やかな歩幅が、サーラを落ち着かせた。焦りは判断を狂わせる。それを知っているからこそ、シェリーはこうして隣にいてくれるのだ。
「私は……『巨蟹の腕輪』か『宝瓶の壺』、どちらかに辿り着きたい。それが、私と相性が良い気がするから」
自分の中で見出した新たな目標。それが、いま目の前に少しずつ現実味を帯びてくる。
やがて、霧がさらに濃くなり、道がほとんど見えなくなってきた。踏みしめるたび、足元の感触も不確かになっていく。霧の中を抜けると、二人の目の前に現れたのは、思わず息を呑むような光景だった。
幾重にも折り重なる巨大な鋏──鋏神の神殿の試練だ。空間に浮かぶそれらは、まるで意思を持っているかのように、不規則な動きでゆっくりと、しかし確実に、開いては閉じていた。
「……無数の大鋏。これをくぐり抜けなきゃならないのか」
サーラが低く呟いたその刹那、近くの一対が鋭く交差し、耳をつんざくような音を立てて閉じた。
「これは……かなり厄介そうね。挟まれたら防御魔法が保たないわ」
シェリーが苦笑しながらも、一歩前へ出る。その目には、わずかな不安と、そして揺るがぬ決意が混じっていた。
「でも、進まなきゃ始まらない。神殿の奥へ行くには、この試練を越えるしかない」
サーラは鋏の動きをじっと観察し始めた。動きは一見無秩序に見えるが、よく目を凝らせば、わずかながらに周期がある。ほんの一瞬、すべての鋏がかすかに開くタイミングが存在する。その“間”を見つけられれば、通り抜けられるはずだ。
「……いける。私、行くよ!」
サーラはタイミングを見計らい、鋏の群れへと飛び込んだ。風を切る音が耳元で鳴り、背後で刃が唸るように閉じる。だが、彼女の読みは正確だった。最初の一対を抜けると、瞬く間に次の一歩へとつなげる。
「成功……!シェリー、今よ!」
シェリーもすぐに後を追う。彼女の動きは慎重ながら、無駄がなく、鋏の合間を縫うように滑らかだった。二人は呼吸を合わせながら、一対、また一対と進んでいく。
何度も鋏が髪をかすめ、ローブの裾が裂ける寸前の場面もあった。冷や汗が頬を伝う。だが、サーラは進むことをやめなかった。恐れの先に、自分の未来があると信じていた。
やがて、最後の鋏が開く瞬間を見極め、二人はほぼ同時にその中を抜けた。
「……ふぅっ」
息を吐き、サーラはその場に膝をつく。緊張がようやく緩み、身体がどっと重くなる。隣でシェリーも小さく息を整えながら、笑顔で言った。
「やったね、サーラ。すごく綺麗な動きだった。あの試練を越えたなんて、本当にすごいよ」
「……ありがとう。あなたがいてくれて、助かった」
振り返れば、無数の鋏が今も静かに動き続けていた。越えたはずの試練が、そこに確かに存在していた証。だが、それ以上に、サーラの中に残ったのは、自分で超えたという自信だった。
この一歩は、きっと次へと繋がる。彼女の選定戦は、まだ終わらない。だが確かに今、サーラは前へ進んだのだ。自分のペースで、一歩ずつ確実に。そして、その先にある「巨蟹の腕輪」へと、まっすぐに進み続けるのだった。
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