1-2-18 第三戦決着
神殿の中、戦いは泥沼と化していた。フィー、シオン、セレナの三人は、すでに幾度となく攻撃を交わし、体は傷つき、呼吸は浅く乱れている。美しく整えられていたはずの床には、抉れた痕と砕けた石片が散り、先ほどまでの均整は跡形もない。
それでも、誰も引こうとはしなかった。
双児の双剣――その存在だけが、三人をその場に繋ぎ止めている。
「まだ……終わってない!」
シオンが、自らを奮い立たせるように声を押し出す。膝はわずかに沈み、踏み込みは鈍い。それでも視線だけは逸れない。双剣に宿る力が、己の二刀流を完成へ導く鍵であるという確信だけが、彼女を支えていた。
だが、身体は正直だった。
元素の制御は粗く、力を込めるたびに軋みが走る。押し切れる局面は、すでに過ぎている。
「もう、やめなさい……シオン」
セレナの声はかすれていた。彼女もまた、限界の縁に立っている。風の加護で保っていた均衡は崩れ、制御は徐々に遅れを見せ始めていた。
それでも、引くという選択はない。
「ここで終わるわけにはいかない……」
呟きは小さい。だが、その内側にあるものは消えていない。
正しく在ろうとする意志だけが、かろうじて形を保っていた。
そのとき、フィーがゆっくりと身を起こした。
動きは鈍い。立ち上がるというより、倒れきるのを拒んだだけに近い。
それでも、彼女の視線は揺れていなかった。
(まだ、描き切っていない)
思考というより、感覚に近い。
この場は終わっていない。終わらせていない。だから、続ける。
「私は負けない……」
声は外には出ない。
ただ、その意志だけが身体を前へと押す。
フィーは一歩、踏み出した。
「フィー! やめろ!!」
シオンの声が飛ぶ。
だが、それが届いたかどうかは分からない。
フィーの意識はすでに前だけに固定されていた。
誰を見ているわけでもない。ただ、双剣との距離だけを測っている。
足がもつれる。
一度、大きく体勢を崩す。
――それでも、倒れきる前に手を突いた。
指先が石床を擦り、鈍い痛みが走る。
血が滲む。
(……立てない)
理解は、冷静だった。
ならば、立たない。
フィーはそのまま体勢を落とし、地を引きずるように前へ進む。
衣が裂け、膝が石を擦る。形はすでに崩れている。
それでも、歩みだけは止まらない。
その姿を、シオンとセレナは見ていた。
「……あそこまで……」
セレナの声は、驚きと、わずかな迷いを含んでいた。
理に適った動きではない。だが、止まらない。
シオンは歯を食いしばる。
踏み出そうとする。だが、足が応えない。
(届くはずだった)
判断は間違っていない。
それでも、身体がそれに追いつかない。
フィーだけが、前にいる。
距離はわずかだった。
フィーは最後の力を絞り出し、手を伸ばす。
震える指先が、空を掻く。
もう一度、わずかに前へ。
触れた。
「……これで、終わり」
掠れる声とともに、双剣の柄を掴む。
その瞬間、神殿の空気が静まり返る。
砕けた音も、荒い呼吸も、すべてが遠のいたかのように沈む。
次いで、声が響いた。
『我が名はアマルテウス』
『我が名はセレティス』
二つの声は、重なりながら、わずかにずれている。
『ずいぶんと、無様だ』
『だが、それでいい』
低く、含みを帯びた響き。
『整った技も、均された理も、ここでは役に立たぬ』
『最後まで手を伸ばした者、それこそが勝者だ』
フィーの呼吸が、わずかに乱れる。
それが笑いなのか、ただの息切れなのか、自分でも分からない。
それでも、手は離さなかった。
「……ひどい舞台ね」
小さく呟く。
だが、その言葉には、拒絶はない。
フィーは双剣を握りしめたまま、わずかに身体を起こす。
勝利の実感は薄い。だが、終わったことだけは理解している。
その背後で、シオンが力尽きて倒れ込んだ。
「……あと、少しだった」
声は低く、押し殺されている。
だが、その中にあるものは折れていない。
セレナもまた、その場に崩れる。
「正しかったはずなのに……」
答えは返らない。
ただ、三人ともが同じ極限に立っていたという事実だけが残る。
フィーは無理に立ち上がろうとはしなかった。
その必要を感じなかった。
双剣を抱えたまま、静かに息を整える。
「勝ったのは……私よ」
確かめるような声音だった。
神殿の天上、裂けた石の隙間から差し込む光が、三人を等しく照らしている。
その差は、あまりにもわずかだった。
ブクマでサーラたちの応援をお願いします!




