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赤ーREDー  作者: 蒼治
五幕 BLOOD SWORD
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79/91

5-8

ハルキが王宮にもどったのは、夜も更けていた。

 しかも半ば忍び込むような体裁で、入り込んだのだった。訪れたのは、人の気配も薄い図書室だっt。前王朝が滅びた際、今までの書物の多くが焼き払われた。それはハルキは口にしないが二ギハヤヒ王朝の失敗であったと思っている。それまでは大戦前の、すなわち千年前の書物さえ多く存在していたのだ。かろうじて戦火をのがれた数冊のみが保管されている。それはもちろんめったに手にふれられるものではない。

しかしそれを記憶している人物には、そう手を煩わせることなく会うことはできる。

「トモオじいさん」

 図書室は昼も薄暗い印象があるが、この時刻、灯されている明かりすらない。そんは図書室に入り込んでハルキは奥に向かって声をかけた。

 トモオは図書室の管理人である。ハルキとカイエンが子供の頃から老人だったが、今もかわらぬ老人で、ある意味年をとらない仙人か妖怪のたぐいではないかとハルキはうっすら思っている。

 しばらく反応はなかったが、やがて奥の書棚のすみで物音がした。

「こんどは何のいたずらにきた」

しわがれた声がして、かすかに光が入り込む。それは炎ではなく、窓のカーテンを開けたがための月明かりだった。

「久しぶりに伺ったのに、どうしてそう子供扱いですかね」

ハルキは月光ごしにその老人の姿を見た。

やせて骨ばった小柄な老人だ。禿頭なのに髭は長い。

「貴様らに手荒に扱われた本の恨みがあるからな」

 彼自身はまるでこの場所の精霊のようで、むやみと笑い飛ばせない妙な迫力があった。

「もう一人は悪ガキはどうした?」

「ちょっとここにはいません」

そうか、とどうでも言いように言った。が、それ以上に嬉しそうに問いを足した。

「あの姫はお元気かな?」

「ぼちぼちです」

 正直元気すぎますが、という言葉をハルキは飲み込んだ。なぜかこの老人もリョウだけは気に入っていた。しかし老人の言葉が続けたものにハルキは仰天する。

「しかし、あんな男と知り合いとはリョウコ様も男運がないというか……いやはや」

「あんな男?」

「サイセイ・スセリのことだ」

 いきなり予想もしていなかった言葉に、ハルキは虚をつかれた。数ヶ月前、彼の死と同じくしてリョウと薔薇瞳が王都におり、それはカイエンの興味を引くことになったが、サイセイの名は素通りしてしまっていた。

「何をしでかしたんですか?」

 老人は忌々しげにぼやいた。

「リョウコ様からの紹介だったから、倉庫の禁帯出の書物を見せてやったのだが、あとで一冊なくなっていることに気がついた。スセリの家には抗議したが、結局本人が行方不明になってしまったあとだったのでどうしようもなかった。金は随分保証してもらったが、そう言う問題ではない」

 普段なら「さすがに変わり者の学者はやることが違う。あれだけ裕福な商家に生まれながらにこそ泥か」でハルキも済ませてしまっただろうが、今は違う。

 サイセイが繋ぐものはリョウコを経由して薔薇瞳だ。そして彼女は神都と教団に連なる。カイエンが探れといったものと関わっているのではないだろうか。

「彼は何を盗んでいったのですか?」

「夜見の血族と白枯れ病について考察された本だ。ニニギ王朝時代にかかれたもので、残存する十数冊の一冊。あれの代わりはもう存在しないというのに」

「それは……もったいない話ですね……具体的には何が書いてあったんですか?」

 老人はそこでうさんくさそうな視線をハルキに向けた。

「……お前、何の用事でここまできたんだ?」

「教団は世に出せない秘密があるんじゃないかと言うことを、探しにきたんです」

「そんなこと貴様に教えるわけないじゃろう、小童」

 老人はハルキを追い払うように手を振った。

「一応身分のあるものだからな、そうだな、カイエン王子の紹介状でも持ってくれば、残る書物の閲覧くらいは許してやろう。しかし大抵はアポカリョプシアの言語か、下手すればもはや残存していないカーナーネの言語でかかれたものだからそれが読み解けるかどうかはお前の頑張り次第だな」

 サイセイですら苦心して学んだアポカリョプシアの言葉だ。普通に暮らしているハルキが今わかるわけもない。

しかしそこまでの反応はすでに予想されたものだった。子供のときから叱られてきた相手だ。地位など関係なく小僧扱いされて昔のようにあしらわれるのはわかっていた。

 ただ、ハルキはもちろん昔の小僧のときと同じではない。

「知る限りでは」

 背を向けておくに引っ込もうとしたトモオ老人にハルキは声をかける。

「あなたも各地の言語にそう卓越しているわけではないでしょう。しかしその語り口からは、何かをご存知だと思われる。おそらくこの図書館の司書のみが知る秘密が口伝えとなっているのではありませんか?」

 親しみを欠いたハルキの口調に老人は振り返った。

「それがどうした?

「それを教えていただきたい。書物を読み解くほどの時間の余裕はありません」

「若い者はせっかちでいけない」

 彼はまだ余裕たっぷりに笑う。その余裕が失われたのはハルキの言葉からだ。

「なぜ、離婚されたのですか?」

 ハルキはカイエンから帰れと伝えられた直後には、王都のジュウに手紙を書いていた。図書館司書の老人の、弱みを探っておけと。

 彼が独り者で長いことは知っていた。彼の両親は当然すでになく兄弟もすべて亡くなっている。彼自身が自分の命に執着がなければ脅すカードがない。しかし何者にも触れられたくないことは存在しているとハルキは睨んでいた。

 そういった意味では非常に有能なジュウはハルキが王都に着く前にはその辺りを調べ上げていた。ハルキやカイエンが生まれるより以前、彼も結婚していたのだと。その時の妻はすでに他の男と再婚し、一生を終えていたが。

「娘さんは早世されたようですね。でも、一人可愛い男の子を残された。あなたには唯一のお孫さんにあたるのですよね?」

 ハルキは時々自分が人とちがってどこか病んでいるのではないかと思うときがある。

 母親や妹は大切にしている。今存在しているものは愛しく思える。

 しかし、自分が誰かに恋をして妻を娶って子を成すということが理解できない。そんな暇があるのなら、王家とカイエンのために時間を割きたい。

 誰かに心を寄せるということは危険な事だ。あんなに近しいカイエンですら、彼がカイエンだから仕えているのか王子だから仕えているのか自分でもわからないときがあるのだ。そこがリョウと異なるところなのだろう。 リョウが薔薇瞳でも教団でもなく、己が信じる正義でもなく、ただあの少女に仕えているのだとすれば、その情熱が少しだけうらやましい。

「お孫さんは今、王立大学院に通われていますよね、なかなか優秀な成績の御様子。そういった若者が若くしていなくなるのは非常に残念なことです」

 ハルキは湾曲な脅迫を口にしてて、まるでなにも痛みを覚えない自分にも慣れていた。




 ナユタは真夜中、寝台から起き上がった。

 すでに警護の守護団員以外、町は眠りに落ちている。ベッドの中でナユタはしばらく外の物音を何かを確認するかのように聞いていたが、やがて起き上がった。

 セツナはこの町と深く長く関わっていた。

 その中で、今のナユタにはわからない何かを知っていたのではないだろうか、そんなことに思い当たった。

 セツナがサワを信用していたことも、二人の間に友情があったこともわかっている。でもサワはセツナに利用されたのではないかと思ったのだ。

 あれほど聡明で、言動の一つ一つに気を配っていたセツナが、うっかり自分の妹の存在を誰かに話したりするだろうか。

 サワは自分があの首飾りを見つけてしまったからだと言っていたが、そもそもそんな軽はずみなことをセツナ自身がするのか疑問だ。

 セツナは、ナユタの存在が誰かに知られてもかまわないと思っていたのではないだろうか。

 ここしばらくナユタが考えていたことはそんなことだった。

 薔薇瞳に、娘は存在しないが、血縁間で薔薇瞳である可能性は高い。ならば結局見知らぬ相手であったにしろ、ナユタが薔薇瞳ではないかというくらいの推測はセツナなら立てていたはず。

 ……それは彼女がこの町から逃げ出すための算段の一つだったのか。

 そこまで考えて、ナユタは否定する。

 責任感と情熱の塊だった、セツナが一体何を理由としてここから逃げ出したいなどと願うだろう。

 ナユタがいればいい、などと言うのは理由にならない。ナユタが薔薇瞳であるかどうかは賭けだ。しかも……結局自分はろくに代わりも努めることができず。

 そんな不確かな存在を自分の身代わりになど……。

 ナユタは立ち上がった。寝室の小さな本棚に押し込んであるのはサイセイの本とノート。そのさらに奥に押し込めたのは、この間の去り際にアーヴルラジューから渡された小さな丸い宝玉だった。黒ずんだ赤をしていたが、暗がりでは逆に闇に浮かび上がるようにほんのり赤く光って見える。

 不気味に思えたナユタは、それには触れず、ノートだけ取り出した。

 ナユタとリョウには理解できない最大の問題部分を開く。何度、意味を調べてみてもそれしか行き着かないが、意味がわからないのだ。


 薔薇瞳も魔犬も、それは自体は製作者の目的ではない。あくまでもそれは意図しない副産物であり、結局のところ白枯れ病が本来の目的であった。特定の目標にしか発生しない疾患を作るうえで、避けては通れぬ副産物であったようだが。


 そんなことが今のナユタにはわかるはずもない。この対となるものが、ハルキが今図書館司書に追求している王都図書館の口伝であるわけだが、薔薇瞳こそが神聖とされるこの時代の認識では、二つの知識が揃っても無意味だった。ただその「特定の目標」、それがやがてナユタを救うことにはなる。

「うー、わかんなくなってきた!」

 しかし知る由もないナユタは叫ぶように吐き出すと、また寝台にもどって枕に顔を埋めた。しばらくそこでだらしなく横になっていたが。

「……とりあえず、ちょっと散歩行こうかな」

 ナユタは再び赤い石を本棚の奥にしまいこむ。このまま眠ろうとしてもおそらく眠れないだろう。それなら少し歩いて頭を冷やした方がましだ。

 ナユタはまた寝台の横に壁際に座り込んだ。扉をスライドさせようと壁に触れる。がたがたといじっていたときだった。

「……そこまでは見つけてしまったのですね」

 ひんやりと鋭い月のような声がした。

 聞き覚えのあるそれに、ナユタは青ざめて振り返った。

「キリエ」

 ナユタは慌てて立ちあがった。

 先ほどまで閉まっていた扉を開けて佇んでいたのはキリエだった。まだ着替えもせずいつものきちんとした身なりだが、憔悴が浮かんでいる。

「あ、あのこれは」

 慌てて立ち上がったナユタは、それをごまかすかのように寝台に腰掛ける。

「なんでもないんだけど!」

「セツナ様も、その出入り口を使っていました」

 キリエは無表情に告げる。だがナユタにとって意外すぎるのは。

「……キリエ、知っていたの?」

「存じておりました。もちろんセツナ様がそこを使っていることも含めて」

 寝室の外に人の気配はない。いつからかわからないが、キリエはナユタが寝室に引きこもった後、いつもこの向こうの部屋で様子を伺っていたということだろう。それはきっとアーヴルラジューが神都を襲った日からたびたび。そして今日ナユタがその扉に触れた。

「セツナが夜に表に出たことを知ってたんだ」

 ナユタは低く呟く。

「どうして止めなかったの?」

 この扉を出て行って、セツナはその夜見の血族の男と知り合ったのかもしれない。

「薔薇瞳が、夜中に歩いても心配じゃないの」

「心配で仕方ないですよ」

 キリエの声は絞り出すようなものだ。

「でも、初めて誰かを好きになったセツナ様を止めることは私にはできなかったんです」

 慟哭だった。

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