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赤ーREDー  作者: 蒼治
二幕 MY LORD
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22/91

2-2

 雪は何日も降り続いた。

 しかしオリエにとってはこんな日々も珍しくないらしい。屋敷の周囲の雪の中には多くの野菜や肉が埋められていた。この屋敷から馬車でしばらく行った所に小さな村があり、普段必要なものはそこで入手しているのだが、雪ともなればいやおう無しに閉じ込められてしまう。その対策がいくつも考えられており、オリエがここで過ごしている年月を感じさせられた。

 暮らすには不自由はなかった。とはいえ退屈な日々かと思ったが。

「ナユタ。編み物は出来る?」

 所在なく窓から外を見ていると、オリエは必ずそんな風に声をかけてきた。そしていろいろな話題をナユタに投げかけてきた。

「編み物、ですか」

「羊の毛」

 それは貴重だから、大体は売ってしまって、といいかけてナユタは口を閉じる。ナユタのいた村の話など出来ない立場だ。だが思い直したのは、今は『ナユタ』でもいいという事実だった。どちらにしてもオリエはナユタの言っていることは嘘だと思ってくれるはず。

 嘘として決め付けられている話をする気にもなれなかったけれど。

 オリエは椅子を引き寄せて、窓際のナユタの横に座った。彼女の持ってきたかごの中には色とりどりの美しい毛糸玉が入っている。雪の日の昼下がりを過ごす方法についてオリエは詳しい。

「何を作りましょう」

「あの、わたし、本当にやったことなくて」

「襟巻きを作りましょうか。雪がやんだら外にでたくなるでしょうし」

 オリエは微笑んだ。あなたの髪の色には、きっと淡い緑が似合うわね、と色を探す。

「教えてあげるわよ」

「リョウは」

「お嬢様には教えてもだめ。やる気がないんですもの」

 オリエはため息をついて窓の外を見た。確かにため息もつきたくなるだろう。吹雪いているにも関わらず、軒下で、剣の型を作っているリョウを見れば。

「リョウは、ミズハ家の一人なんですよね」

「ええそうよ。ミズハの今の当主様には女児しかいないから、うまくすれば次期当主にもなれるし、階級的にはカイエン王子の正妃にだってなれる。でも本人にはまったくその気がなくて」

「勘当されてるって聞きました」

 オリエは微笑んだ。穏やかな慈母にまなざし、というよりは、面白がっている表情だ。

「婚約話が来た時に、守護団に入ったから。ミズハの当主様は……お嬢様のお父様はものすごく怒って勘当をちらつかせたんだけど、どうぞご自由にって。お互いにそれでひっこみつかなくなっちゃったのね、二人とも頑固だから。おじい様が気の毒に思ってこの屋敷をお嬢様に下さったの」

「オリエさんとニキさんはどうしてここに?冬とか暮らしにくいでしょう?」

 ナユタはおそるおそるごまかして聞いた。その意図は本当は露骨なものだ。なぜ彼女らは都会の暮らしやすい生活を捨てたのだろう。元乳母や教育係ともなればそれなりに生活は保障されているはず。

「家は誰も住んでないと痛むから。それにお嬢様だって一つくらいは戻る場所がないと心細いでしょう。私は夫はもう亡くなっているし、息子は王都で官僚になって嫁と子どもとで暮らしているわ。ここもそんなに悪くないのよ、とくに夏は」

 オリエはこともなげに答えた。

 その視線はリョウに向けられていた。彼女の気合とともに吐きだされる息は真っ白だ。美しいだけでなく、力強い。

「さあ鎖編みから教えてあげないとね」

 オリエのその目には不思議な色があった。ナユタに向けられているその色はリョウにも同じものが向けられている。

 オリエは息子と言ったが。

「……娘が今も生きていたらこんな感じかしら」

 考えを見透かすようにオリエは呟いた。

「娘さん亡くなったんですか?」

「生まれてすぐ。だから乳母になったの。でもお嬢様はあんなだし。ナユタを見ていると女の子がうちにいるのね、という気持ちになるわ」

 編み棒を持ったナユタにやり方を伝えながら、オリエは呟く。

「あの」

 ナユタは思い切って声にしてみた。

「でもリョウはオリエさんのこと凄く好きですよ、きっと」

「結局私も世話係で長かったから。なんだか本当の娘みたいな気持ちになるわ。奥様はとても美しくて優しい方だったけど、やっぱり貴族のお嬢様だから、自分で子育てすると言う性格ではないし。でもねえ……貴族の奥様なんてみんなそんなものだから、寂しくてあんな性格になったわけじゃないと思うのだけどねえ……」

 リョウの吐く息はガラス越しに見ていてもその白さがわかった。

 こんな寒い日でも必死になって訓練するような過酷な職場。そんな道をどうして選んだのだろうか。

 ナユタも紅蓮も、なりたくてこうなったわけではない。他に道がなかったのだ。他にいくらでも未来があったリョウの理由が知りたいが今更聞けない。

「ああ、そうじゃなくてね」

 オリエはおぼつかないナユタの手つきを直す。われながら危なっかしい手つきだと思うが、一本の線である毛糸ががあっというまに平面的な編み物となっていくのは楽しかった。目は不ぞろいで不恰好だが。ひとつふたつと目を数えながら無心にやっていた。

 と、不規則なこつこつという音がした。不自由な右足を杖で補ってニキが居間に入ってきた。四面に美しい刺繍が施された籠を持っている。

「編み物かい」

 ニキはなぜかがっかりして言った。

「刺繍がいいよ」

 差し出されたその籠の中には、刺繍枠や艶のある糸が白い布と共にたっぷり詰まっていた。それを見て呆れたようにオリエが言う。

「そんな細かいもの、母さんはもう良く見えないじゃない」

「あたしじゃなくてオリエが教えてやればいい。それにあたしだってもう五十年慣れ親しんだ刺繍だ。見えなくたって触れば出来がいいか悪いかくらいわかる。自分でやるなら見えなくたって空でできる」

「じゃああとでね。今は編み物をし始めたところだから」

「刺繍のほうがいいよ、ナユタ。神殿を追い出されても、刺繍の技術が達者なら、王都でお針子として雇ってもらえる。姫様達のドレスに刺繍は欠かせないからね」

「この季節にやるなら、編み物のほうがいいわ」

「今から教えたんじゃ春になっちまうよ」

 親子らしい気の知れた口論が目の前で始まってしまい、ナユタはどちらについたものかと混乱する。

「あ、あの、ニキおばあさま。刺繍もまたあとで教えてください」

「だってナユタ、いつまでいるかわからんし」

「……多分、けっこう長くいると思いますから」

 明日のことも正直わからないが、ナユタはとりあえずそう言ってみた。自分でもここにいたいのか神都に戻りたいのかがわからない。

「……ふむ、そうだね、冬は長いしね」

 オリエは事情を知っていて知らないふりをしているが、ニキはナユタが本当に神都の女官と思っているらしい。ナユタの言葉を信じて納得したように答えた。

「本当はねえ、お嬢様にこういったことを教える日を楽しみにしていたんだけどねえ」

 オリエとよく似たため息をついたニキにナユタは笑ってしまった。

 本来リョウに向けられるはずだった関心だが、二十年もリョウはつれなくしている。縫い針は剣、刺繍糸は馬の手綱だ。行き場をなくした興味がたまたまやってきた自分に向けられているだけだと思ったが、それでも二人があれやこれやと声をかけてくれるのは嬉しい。

 ふと気がつけば、窓の外にリョウの姿はなかった。気がつくと同時くらいに乱暴に廊下を歩く音がして、扉が開く。

「外は寒いな。オリエ、お茶が飲みたいよ」

「まあお嬢様、雪ははらってから戻ってきてください!」

 オリエが叫んでリョウのもとに駆け寄った。リョウの頭や肩に積もった雪を払う。乱暴にはたかれて、リョウは困ったように笑った。

「しかし、この天気じゃ外にも出られない。ナユタはつまらないでしょう」

 リョウはナユタとその向こうの景色を見る。

「いいえ」

 手にした編み物を掲げて答える。

「いろいろ教えてもらって楽しいです。よければリョウも」

「いいや私は結構」

 本当に嫌そうにリョウは目をそらした。




 そんな穏やかな日々が何日も続いた。

 オリエとニキはすっかりナユタと打ち解けてくれている。リョウは時折考え込むように黙るし、ナユタに向ける視線が困惑を含んだ厳しいものである時もあるが、表面上は普通に接してくれていた。

 そういえば、とナユタは数日後の朝気がついた。

 ここにきてから一度も吐き戻していない。それどころか夕刻になるとお腹減ったなあとぼんやり考えている自分がいることに。

 もちろん多くは食べられていない。オリエがその食の細さを心配するくらいには相変わらずだが、それでも吐き気がなかった。

 もしこれが、リョウと二人だったら、こうはならなかったろうなと思う。今だって見捨てられたという気持ちはあり続けている。

 それでもオリエとニキの二人が意図したわけではないが、ナユタを自分の娘のように可愛がってくれる……というより、よってたかってかまいたがることで、気がまぎれた。不思議なもので、二人はナユタが『できない事』を喜んでいた。刺繍も編み物もおぼつかない手つきだが、それをあれこれ面倒見ることに喜びを覚えているようだった。

「下手ですみません」

 今日も刺繍をニキと一緒にやりながら、ナユタは自分の作品にうんざりしていた。

「いいんだよ、最初だもん」

 ステッチがうまくいかず、刺繍と言うより何か小さな虫が這い回っているようにしか見えない微妙な作品をニキは指で触って確かめる。触れただけでも、それがいまひとつだということは明らかだ。

「あまり最初から上手だと、教えるこっちの立場がないというものよ」

 昼食の準備をしながらオリエもニキに同意した。

 できなくても、別にいい。

 愛想をつかしたわけでなく、見捨てたわけでなく。そのうちできればいいのだという鷹揚さで、オリエが言った事はナユタの中に温かみとなって沁みた。

 重くごつごつとした自分のなかのわだかまりが、少し脆くなったような気がする。それでも、成さねばならぬという強迫観念に近い重みはまだ消えないけど。

 ニキは丁寧にやり方を教える。一度言われて全てできるわけではないが、先ほどよりもうちょっとまともな刺繍になっていくのが自分でもわかった。

「今日は少し小降りだな」

 リョウが白さばかりの外を見ながら言った。

「鹿でもうろうろしていないだろうか」

「だめですよ、お嬢様、狩りなんて!地元のものでもこんな日に外に出たりはしません。お嬢様がよくても馬が可哀そうです」

「しかし体がなまって仕方がない」

「そんなにヒマなら薪でも割ってください」

「昨日ニキに言われてやった」

 どこまでも続きそうなリョウとオリエの会話だが、ふとリョウが不自然に言葉を切った。

「……いや、元気のいい村人もいそうじゃないか」

「なんですか?」

 リョウの口調に、オリエは窓まで近寄ってきた。窯からは今日の昼と思われるパンの焼かれる匂いが漂ってきていた。

「ほら、馬車が」

 リョウの指差す先には、いつもどおりの吹き付ける雪のカーテン。しかし、今は木々の向こうにおぼろに見える影があった。淡く今にも風景に埋まってしまいそうに見えるが、確かにそれは小さな馬車だった。

「……もし本当に馬車だとしたら、そいつは頭がおかしいね」

 見えないニキが呟いた。

「……わだちにはまって動けないんじゃありません?!」

 オリエが叫んだ。はじかれたようにリョウが立ち上がる。暖炉の前で乾かしていた外套を掴んで彼女はあっという間に羽織った。

「オリエ、助けるにはなにが必要だ」

「スコップと、ああ、車輪の下に丈夫な麻布を引きましょう!私も行きます」

「いや、人手が必要ならあとでまた呼びに来る」

「あの、わたしも!」

「あなたはここにいてください」

 立ち上がりかけたナユタを制して、リョウは慌てて出て行った。雪に埋まりながら小道を進むリョウがまもなく窓の向こうに見えた。

「でも一体何事かしら」

 オリエは不安そうに呟いた。

「この屋敷に用がある人間なんて誰もいないはずなのに。時々村の人が食料や手紙を持ってくれるけど、こんな天気の日には来ないわ」

 神都でなにかあったのだろうかと思ったナユタは、自分の心臓が跳ね上がったような気がした。

「とりあえず誰かは乗っているわよね」

 オリエは昼食の用意の続きのため台所に向かう。湯を沸かし始めたがその量は四人分以上だ。

「どれ、毛布がいるかもしれないね。ナユタ、ちょっと納戸から毛布を出すのを手伝ってくれるかい」

 ニキも立ち上がる。返事をして立ち上がったナユタは彼女について居間を出た。

 神都のことを思い出して胸が痛くなる。いまごろ向こうはどうなっているだろう。この雪だ、神都のほうも天候不良は続いているだろう。あまり礼拝が行われていないといいと思う。

 それにセツナは。

 サワが面倒を見ているとはいえ、彼女はいつ容態が変わってもおかしくない。自分はこんなところで何をしているのだろうと自分を責める。

 馬車はやはり雪にすっかりはまり込んでしまったらしく、救出に随分時間がかかったようだった。半時ほどしてようやく屋敷の入り口が再び開いた。オリエの足音が玄関に向かう。

「まあ!」

 いつもどんと構えていて、微笑を絶やさないオリエの珍しく驚く声がした。ニキと一緒に毛布を抱えたナユタはホールで彼を見つけた。

「一体こんなところでどうしたっていうんですか」

 リョウに肩を支えられて玄関に立っていたのは眼鏡の男だった。三十歳前後だろうか。疲労のため、冴えない表情だが、顔立ちは整っていて品があった。少々骨格が細く背が高いのもあって妙にひょろりとしてみえる。若白髪なのか、髪の毛はぼやけた灰色だが、その眼鏡の奥の灰青の目には子供っぽいとも言える溌剌とした好奇心があって、若々しさは失われていない。えへら、と曖昧な笑顔を浮かべているその唇は紫で、よほど寒い外に長くいたのか歯はかちかちと音を立てていた。

「いやお手数かけてしまって面目ない」

「叔父上、大丈夫ですか?」

 リョウは彼を覗き込んだ。

「お嬢様、とりあえず居間に。強く暖めておきましたので」

「やあニキ、久しぶりだね。元気そうで何より」

 どこか能天気な口調にニキが珍しく口調を荒げた。近所の子供のいたずらを叱りつけるようだ。

「サイセイ様、人を気にしている場合かね!この年寄りよりもあなたのほうが今にも凍死してしまいそうじゃないか」

 サイセイ、と言う名のその男は、確かにあまり頑健そうには見えなかった。リョウに叔父と呼ばれるところをみると、ミズハの家の関係者なのだろうが、貴族らしくもない。少々線は細いが端正と言っていい顔立ちだ、しかしその緊張感のない表情と声のほうが先にたって、貴族の子女の視線を集めるようにはあまり見えない。

「ナユタ、毛布を」

 ニキに言われてナユタは慌てて毛布を広げて駆け寄った。がたがたと震えているその身にかける。

「ありがと……」

 言いかけたサイセイはその眼鏡の奥からはっとしたようにナユタを見つめた。雰囲気は亡羊としているのに、眼差しは深い知性と優しさに満ち、かつ事象を観察する鋭さを帯びていた。

 彼の意識が自分の瞳にあることに気がついてナユタははっとした。誰もそう見なかったから、三日で自分の瞳の色が特別であることを忘れていた。

「あなたは……」

「叔父上!」

 リョウが遮った。

「彼女はナユタ。神都より一緒に来た私の友人だ。神都の一女官。なにか彼女に対して気に入らないことでもあるのか?」

 ナユタの瞳の色について一言でも言及したら、即座にまた雪の中に放り出す……リョウの声音にはそれだけの迫力があった。

「ナユタ、彼は私の叔父だ。父の一番末の妹の夫」

「いや、正直に言っていいよ。離縁されちゃったって」

 へらっと彼は笑う。オリエがやはり、と表情を変える。

「まあ仕方ないよね、よく五年間、結婚してくれたものだなあと思うよ。あ、元家内は元気かなあ」

「……まさか叔父上、アレから一度も王都に戻っていないのか!」

 リョウが驚愕を隠せない。その横でサイセイは困ったように頭をかいた、図星だ。

 ミズハの、ひいては王都の貴族のなかでもどう考えても変わり者であろうリョウに驚かれるこのサイセイという男は一体何者なのだろうとナユタは不安に思う。

「どうも」

 サイセイはナユタに微笑みかける。どうやらナユタの瞳の色には気がつかなかったことにするらしい。

「自分はサイセイ・スセリ。どうぞよろしく」

「よろしくじゃありませんよ、サイセイ様!」

 面識があるらしく、オリエが珍しく怒った顔を向ける。

「いきなりお越しになってまさかここに居座るつもりじゃありませんよね?困ります。私は今お嬢様とお嬢様のご友人をお預かりしているんですよ?いくらサイセイ様とは言え、未婚の若い娘さんと一緒なんて困ります」

「オリエさん、ほんと助けると思って。ここぐらいしか頼れるところがなかったんだ。まさかリョウと若いお嬢さんがいるとは思っていなくて」

「御実家に戻ればよろしいでしょう」

「ダメ、無理無理。父は相当怒っているはずだし」

「そりゃあ結婚生活放棄して、いきなり旅に出たら、スセリの家としては立つ瀬がないでしょうね。お父上が気の毒です。あなたは自業自得ですけど」

「お願いします。それに怒られるだけじゃすまない理由がある」

 サイセイの表情はどこか子どもっぽい、というか浮世離れしている。自分の興味のあることには全て注いで惜しまないが、興味のない事には関わることさえ面倒くさいと思うタイプだ。そして彼は俗世のことにはあまり興味が無さそうで。

「友人が一人まだ馬車の中にいるんだ。彼を匿いたい」

「匿う、ということはその者は罪人か、叔父上」

 リョウもさすがに眉根をひそめた。リョウも自分が変わり者だという自覚があるのだろう、サイセイに対しては親近感があるようだが、さすがにナユタと共にいる今、薔薇瞳を危険な目にだけにはあわせられないと思っている。

「罪人、じゃないよ」

「何者だ」

「目が見えないんだ。右はまったく。左もほとんど見えない。片足も少し不自由で」

「それは私の質問の本質ではない。何を理由として普通の村には行けないのだ」

「……見ればわかる。彼が信用できる者であることは自分が責任を持つ。そしてナユタさんの事情については私は絶対語らない。もしそれを破ったら殺してもらってかまわない」

 サイセイの言葉は真剣だ。ここ以外で断られたら行き場がないという切羽詰った事情が見え隠れする。

「あ、あの、リョウ。リョウはサイセイさんを信頼しているのよね」

「していませんよ、こんなぼんくら。ただ、嘘はつかないと思っているが」

「でもリョウがそう思うなら、わたしは平気」

「いけません。お嬢様。悪い噂が立ったら嫁にいくのに差し支えます」

「オリエ、私は嫁には行かないよ」

 リョウはようやく表情を和らげた。

「とにかく目の前で凍死されても夢が悪い。後のことはあとで考えよう」

「すまない、本当に恩に着る。連れてくる」

 サイセイは自分もようやく震えが納まりつつある身だと言うのに、外に出て行った。

「お嬢様……」

「責めないでくれ、オリエ。しかしまさか本当に彼を雪の中また放り出すわけには行くまい」

「お嬢様は肝心なところで優しすぎます」

 こつこつ、というどこかで聞いたような音がした。それはニキの木の杖が床を叩く音と似ている。再び屋敷に入ってきたサイセイは背後にもう一人を連れていた。

 その者の杖の音だ。木をへし折っただけの簡素なもの。彼の着ている衣類は古ぼけ薄汚れていた。何かに引きちぎられたような部分もあった。

 彼は右の目に革でできた眼帯をしていた。そしてもう一方の目も、白く濁っている。光ぐらいは感じ取れるが殆ど見えていないだろう。

 彼はぞっとするほど整った顔をしていた。眼帯と、どこを見ているかわからない左目。それに落ち着かない気分にさせられるがそれを差し引いても鋭い美貌には引き付けられる。長身だが、サイセイと違ってそれを補うように均整の取れた体つきは、ボロを着ていてもわかった。

 二十歳そこそこの青年は空気の温かみに顔をあげた。

 ナユタは息を飲んだ。リョウも、オリエも表情をこわばらせる。

 その豪奢な髪の金。白すぎるほど白い肌。あまりにも特徴的な。

 左耳の巨大な水色の石の耳飾だけが、服とはバランスが悪いほどに豪華だ。

「夜見の血族……」

 ナユタは自分の血の気が引くのがわかった。

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