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ゲノム・グレムリン  作者: 大塚めいと
番外編 楽園追放
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85/89

10 「あの橋を越えて」

突破口を切り開け。



 【人類電子化計画】から200年近くの時が経ち、地上から人間が消え去ったことで街明かりは一切消滅。



 今や故障した液晶画面を覗くかのような闇夜を照らすのは、星々の輝きと月明かりだけであった。



 そんな黒とグレーとほんの少しのクリーム色が作り上げる世界であっても“そいつ”の存在ははっきりと認識出来た。



 [コブラ]が作り上げた人類殲滅兵器、通称「BME(ビッグ・マシーナリー・エレファント)」の邪悪にまばゆく紅の瞳の群れは、ダフィ・メグ・ケイトの視界にも残酷なまでに認識出来た。



「街が動いている?!」ケイトがBMEの群れを目の当たりにした時、瞬間的に頭の中で独りごちた感想だ。



 体長は8m、体高は4mにも及ぶ機械象の巨体が、横並びに肩を上下に揺らしながら迫り来るシルエットを見たのなら、彼女がそのように感じ取ったことも不思議ではない。



 10体のBMEを【機神象】を操り撃破したダフィー達だったが、激闘の末にその両手を失い、全体損傷も無視できない状況。



 彼らは今、そんな手負いの状態でおよそ20体ものBMEを相手に、命を失わない方法を導き出さなければならなかった。










「ダフィー君、メグちゃん。一つ考えがあるの……」



 BMEの大群に言葉を失っていたケイト・T・ヴァンデは、絡みそうになる舌をどうにか動かして二人に提案する。



「これを見て! 二人とも! 」



 ケイトは液晶タブレットを焦りながら取り出し、何度か操作を間違えながらも目的の情報を画面に映し出した。



「これは、絵だよね? 」



「橋……橋が描かれてる?! 」



 ケイトが二人に見せた画像データは、彼女がこの地域に足を踏み入れた際に記念としてスケッチした風景画だった。



 ペインティングソフトの機能で描かれた二次元CGのスケッチは木炭画のような風合いで、鉄筋とワイヤーで作られた吊り橋を映し出していた。



「この橋、ここからそう遠くないんだ。このロボットに乗ってあの象の群れから逃げながらこの場所まで誘い込んでさ、一気にバシーッ! って……」



「ぼく達が橋を渡りきったところで吊り橋を破壊、20体のBMEを一掃する……? 」



「そ、そう! その通り! 」



 ケイトの説明を先回りして答えるダフィー。その作戦は単純ではあるけど、確かに効果的と思われた。



「それでいきましょう! というより、今はそれが確実な名案だよ! みんなが助かるには……これしかない! 」



 話は決まった! 後はそれを素早く実行に移すのみ。BMEの群れと【機神象】との距離は、もはや500mすらなかった。



「【機神象】……傷だらけにしてしまって申し訳ありません……そしてこの期に及んでまだぼくたちはあなたの助けを必要としています……どうかもうしばらく、力をお貸しくださいませ!! 」



 ダフィーは【機神象】を操り、残された“両足”でアスファルトの地面力強く踏み込んだ! 



「いくよ二人とも! 橋まで全速力だ! 」



 ダフィーはコントロールグリップを握りしめ、それに呼応して【機神象】は勇ましく駆け出し進む! 



「うわぁッ!! 」



 【機神象】が強化プラスチック装甲の足で疾走を始めるとコックピット内は大きく揺れる! 何かにしがみついていなければ外に放り出されてしまいそうなほどだ。



「だだッ……ダフィー君! そ、そこは右! 」



「はい! 」



 胃袋が口から飛び出してしまいそうな揺れの中、ケイトは闇夜の道中をナビゲーションする。視界は悪かったが彼女の記憶の中に作られたロードマップは、確かな精度で【機神象】を導いた。



「そしたら……次の廃ビルの角を左! ……そのまままっすぐ進んで、交差点を右に!……そしたら右側に川が見えてくるから、道沿いにそのままずっとまっすぐ! 」



「了解! 」



 ケイトの言葉通りに荒廃した街の迷路を軽やかに疾走する【機神象】。このまま橋を渡るまで逃げ切れそうな勢いではあったが、なかなかその通りにはいかないようだ。



「「「ウオオオオォォォォッ!!!! 」」」



 四足歩行形態のBMEの剛力の追跡は、徐々にゆっくりとBMEとの距離を縮めていた。さきほどの戦闘で負った【機神象】のダメージはダフィーの想像以上に深刻で、走るスピードもやはり本来とはほど遠いモノだった。



「ヤバイよダフィー! もう50mも離れてない! 」



 ハッチが壊され、むき出しのコックピットから身を乗り出したメグは後方を確認してBMEの接近を報告する。このままでは象牙の機銃の射程範囲にまで届いてしまう。



「ケイトさん! 橋まではあとどれくらいですか!? 」



「え、えーと……このペースだとあと3分はかかるかも! 」



 3分。その時間は長いのか少ないのか? 今のダフィー達にそれを判断する余裕は一切なかった。とにかく何でも良いから時間を稼ぎたい。それが【機神象】に搭乗している4人の内3人による共通認識だった。



「まったく! この子が起きてさえくれれば……! 」



 これだけ台風の最中のような騒がしさの中でさえ、機械の天敵とも言える能力【グレムリン効果】の使い手「ジーツ」jは未だに目を覚ます気配がない。確かに今ジーツが目覚めさえすれば、その能力でBMEの群を一掃することが可能だ。



 しかし、彼がこの場で【グレムリン効果】を使うことは、BMEをガラクタに変えるのと同時に【機神象】までもその行動を停止させてしまう恐れがあり、それはダフィーとメグまでも物言わぬマネキンに変えてしまうことにもなる。



 二次元世界から肉体を得てこちらの世界へと導かれた者の頭部には、皆共通して[リモートコントロールワーム]が埋め込まれている。それが止まった時に脳の機能までも停止してしまうことは、ダフィーもメグも【上の力】が【楽園】を襲撃した際に学習済みだ。



 このままBMEの群に追いつかれてしまっては確実な「死」



 たとえジーツが【グレムリン効果】を使ったとしても高確率で「死」



 まさに八方塞がり。橋を渡りきるしか全員が生きて窮地を脱することは不可能だった。



「ケイト! 」



「え? な、何? 」



 そうとなればメグの起こす行動はただ一つ。



「あなたのライフル貸して! 」



「ライフル? ど、どうするワケなの? 」



「いいから早く! 」



 メグに言われた通り、ケイトは長身の自分でさえ持て余すほどに大型のライフルを彼女に恐る恐る手渡した。



「重いよ! 気をつけて! 」



「大丈夫、前にも使ったことがある……ような気がするから! 」



 12歳の小柄な体格のメグがライフルを手に取ると、まるで彼女の身体がライフルの付属品のように感じる程のギャップでより一層その大きさが強調された。しかしメグは手慣れた手つきのボルトアクションで弾を装填する。



「銃と自分の骨が一体化するイメージ……さらに頭の中で標的と自分との間に一本の線を引くイメージ……風力、重力によって変化する弾道の軌跡も予測してその分標準をずらす……」



 メグはコックピットから身を乗り出し、ライフルを構えてブツブツとつぶやき始めた。



 この子、一体どこでそんなコトを覚えたの……? ケイトはメグの秘められた能力に驚嘆しつつも、彼女がコックピットの振動で振り落とされないよう、抱きつくようにしてその身体を押さえつけた。



「そして……落ち着いて引き金を引く! 」



 そしてメグの放った弾丸は快音と共に、1体のBMEの右前足、それも関節部分における装甲の隙間を見事に射抜いてしまった! 



「ウオオオオォォォォッ!!?? 」



 ライフルで足を撃ち抜かれたBMEは、走っていた勢いそのままで体勢を崩してしまい、派手な衝突音を響かせながら転倒してしまった! 



 1体が倒れるとそれにつまづいて2体、そのまた3体、4体と……将棋倒しとなり、その間【機神象】は大幅に距離を稼ぐことに成功した。



「やったねメグちゃん! すごすぎるよ! 」



 ケイトのはしゃぎ声が周囲を賑やかせて必勝のムードを漂わせる中、【機神象】はとうとうお目当ての吊り橋まで到着を果たした。



「ケイトの絵の通りだね! 後はここを渡って……」



「向こうに付いたらドボン! だね! 」



 雨ざらしで錆だらけ、鉄骨の橋を支えるワイヤーは所々切れてしまっている箇所もある。【機神象】とBMEの群の重量を支えきれるかすら怪しいものがあった。



「しっかり掴まっててください! フルブーストダッシュで行きます! 」



 しかしここで躊躇している時間などない。ダフィーは迷いなく【機神象】の全力を解放して橋の全長500m(目測)の走破を目指す! 



「うおおおおぉぉぉぉ!! 」



 【機神象】の脚部ブーストを全開! 爆発的な推進力と共に疾駆する! 



「「「ウアアアアァァァァッ!!!! 」」」



 遅れてBME群もそれに負けじと吊り橋に押し寄せ、橋全体を激しく揺らす! 



 その振動のうねりは橋桁を伝い、揺れとなって【機神象】を襲う。



「うわっ! 」



 一瞬のことだが【機神象】のバランスを失い、転倒しそうになるところをどうにか持ちこたえさせたダフィー。ここに来て進化の象徴である二足歩行が仇となる。



 当然のことだが二足は四足よりも安定感がない。加えて両腕までも失っている状態ではバランス調整も難しくなっている。



「ダフィー! 大丈夫!? 」



「ヤバイよ! どんどん追いつかれてるよ!? 」



 焦るメグとケイト。小さな失速も数を重ねれば大きくロスとなる。歯を食いしばりながら【機神象】を操るダフィーは“つまずいて転倒”という最悪の状況だけはなんとか避けなければと、はやる気持ちを押さえつけて冷静に巨象を操作する。



 まだか? まだ向こう側まで着かないのか? 



 ダフィー達は今ようやく橋のちょうど真ん中辺りまで到達。残る距離を走り抜くまでにBMEに追いつかれることは誰の目から見ても明白。



「もう一回足止めしてみる! 」



 たまらずメグは再度ライフルを構えて立ち上がり、後方へと標準を向けて狙いを定めようとした。



「ダメだ! 危ない! 」



「メグちゃん! やめて! 」



 二人の制止もむなしく、コックピットから身を乗り出したメグ。



 大丈夫、さっきだって上手くやれた。自分でもよくわからないけど、まるで自分自身が過去に特殊部隊に入っていたかのような知識と経験が身についている。この窮地だってそれに頼ればきっとなんとか……



 メグのその思考は極めて安易だった。事実これまで彼女の潜在的な力で突破口を切り開いていたことは確かだが、それに頼り切ることはあまり好ましいスタンスとはいえない。



「ズダダダダダダダダダーーーーッ!!!! 」



 刹那、その心のゆるみを察知したかの如く、BMEの1体がメグめがけて機銃を発射! 弾丸の数々は直線軌道を突き進んで彼女の真横を通り抜けた。



 しかしBMEにとってはそれだけでよかった。命中こそしなかったものの、メグの体勢を崩すという最低限の成果だけは上げられたのだから。



「あ……」



 荒廃した街の空気に吸い込まれるかのようなか細い声を発しながら、メグのその小さな身体は【機神象】の外へと放り出されてしまった。



 うそ……



 ダフィーとケイトの姿が徐々に遠くなる。私は今空中に放り出されて、空気と宙ぶらりんになっている。



 確実にわかる。このまま私は地面に叩きつけられて“死ぬ”。仮に重傷を負いつつ生き残ったところで、もはや目と鼻のさきまで迫っているBMEの大群に押しつぶされ肉ミンチと化して“死ぬ”……



「メグゥーーーー!! 」

「メグちゃん!! 」



 ダフィーとケイトの叫びも虚しく、メグの身体は【機神象】から離れていく。



 ダフィーごめん……約束、守れなかったよ……



 全てを諦めたメグだったが……その直後、身体全体がフワリと浮かび上がる感覚を覚え、遅れて右肘と右肩に電流が走るような痛みが走った。



「痛ッ! 」



 思わず顔をしかめるメグ。しかしその痛みが動揺していた心を落ち着かせてくれたのかもしれない。徐々に自分自身の状況を冷静に分析することができた。



 自分はまだ墜落していない。足がプラプラと宙を蹴っている。見上げるとダフィーとケイトが目を丸くしてこちらを見下ろしている。



 そして私の右手を“誰か”がしっかり握ってくれている……? 










「大丈夫か!? 」



 顔に濃い陰がかかっていて、その人が誰なのかが一瞬分からなかったけど、考えられる答えは一つしかなかった。



 その人は力いっぱい私をコックピットにまで引き上げてくれ、最大の危機から救ってくれた。



「ありがとう……」



 半ば条件反射のような感謝の言葉を告げると、その人は立ち上がって私達に背を向け、ハッキリとよく通る声でこう言った。



「僕に構わずこのまま走り続けて。BMEは僕が殲滅する」



 私もダフィーもケイトも、彼が何をしようとしているのか即座に理解した。



 使うつもりなんだ……【上の力】が使っていたインスタントグレムリン……いや、本家本物の……



 【グレムリン効果】を! 



「そのまま突っ走って! 」



 彼はそう言い残して【機神象】からジャンプし、BMEの群が作り出す機械の塊へと突っ込んでしまった。



 ダフィーも、ケイトも、もちろん私も、誰一人一言も発することなく、彼の特攻を見送った。



 突然のことで声がでなかったこともある。だけどそれ以上の“絶対的安心感”によって、私達の心の緊張が途切れてしまったのかもしれない。



「急いで離れるよ! しっかり掴まって! 」



 そして我を取り戻したかのように、ダフィーは私達に大声を発して【機神象】を加速させた。



 私達を助ける為に魔の巣窟へと飛び込んだ彼は、最後に一言、そっと呟いていた……





 全てを……0(ゼロ)に……





 その言葉はを聞いたのは多分私だけ……そして数秒後、巨大なゴムタイヤが破裂したかと思うほどの裂音の後、BMEの大群は光に包まれていった。









「ギリギリセーフ……だったよ」



 橋を渡り切る途中だったけど、ダフィーは【機神象】の動きを止め、その機体をひざまずかせてしまった。



「ダフィー君! 橋を渡り切らなくて大丈夫なの? 」



 ケイトの質問に、ダフィーは皮肉めいた笑顔を作って答えた。



「バッテリー切れ……もう動かないんだ」



 ケイトはそれを聞いて「はぁ……」と大きくため息をついた。私達のプランにはどれだけ落ち度があったのか、今になってやっと思い知らされた感じだ。



「それにしても……すごい能力(ちから)だ……」



 ダフィーは【機神象】から降りて橋桁に立ち、橋の反対側を見つめる。その先には土煙の靄が立ちこめてシルエットしか確認できなかったけど、BMEが一切動きを止めてしまっていることだけは確認出来た。



「あの人にお礼を言わないと」



 ダフィーは駆け出し、私達を救ってくれた恩人の元へと向かう。私とケイトも遅れて【機神象】から降り、彼の後を追うように走った。



 命が助かったうれしさで飛び上がりたい程だったけど、それと同時に私の脳内で無意識に“あの人”をハッキリと認識することを拒んでいることの違和感が、心の中でモヤモヤとした膜を作り上げていた。



 あの人に会ってはいけない……そんな脅迫じみた防衛反応に気をとられていたからかもしれない。



 吊り橋のワイヤーが一本一本、徐々に「バチン! 」と音を立ててちぎれてしまっていることに全く気が付くことができなかった。



「待ってみんな! 危ない!! 」



 ケイトが危険を察知して大声を上げた時にはもう遅かった。



 地面に引っ張られる感覚と共にようやく理解した。



「ダフィィーーーーッ!! 」



 吊り橋は激闘の衝撃に耐えきれずに、崩落してしまった。








 川の水が全身にまとわりつく感触と共に……









 目の前が、真っ暗になった。


水は冷たく少年たちを飲み込んだ。

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