8 「図書館に行こう」
激突する象と象。
「ケイトさん! ぼく、さっき屋上でずっと考えていたんです! 」
ダフィーは【機神象】を操縦しながらケイトに話しかけた。
「なにを!? って! 前見て! 前!! 」
ダフィーが一瞬だけ戦場から目を離した隙を狙い、BMEの一体が長い鼻を鞭のようにしならせて攻撃する! しかしその動きはダフィーにとって想定内。
「フン! 」
【機神象】は器用にその長鼻を片手で掴みとり、そのままグイ! とBMEの巨体を引き寄せる!
「ウオオオオォォォォーー! 」
その勢いを利用し、もう片方の手でBMEの顔面に拳をめり込ませた! 頭部を木っ端みじんに砕かれた黒い象型ロボットはそのまま火花を噴水のように散らして動かなくなった。
これで残るBMEは7体!
「話の続きですケイトさん! ぼく、さっきまで自分が何者で、何を信じていけばいいのかが分からなくなってたんです! 」
「ダフィー君……」
父親以上の存在であったジョン・ブラックマン神父の正体が、人類を一度滅ぼした悪魔である[コブラ]だったこと、そしてその神父本人に記憶を消されかけたこと……
夢の中で出会った少女の正体が、自分が崇める女神メグジェシカであったこと……そして彼女と自分が二次元世界で共に生活を送っていたといううこと……
太陽と月のように重大な記憶が、それぞれ点と点だけで混在し、自分が何者であるのかを示してくれる答えには決して線で結びつかない。
しかし、弱り切ったメグの姿を目の当たりにしたダフィは、全てを振り切った。
「ぼくが何者で、どんな理由でこの場所にいるのか……そんなのはどうでもいいんです」
「どういうこと? 」
「重要なのは、今自分が何をするべきか……それだけです! 絡まったシーツはさっさとほどいて干して乾かす! それが大事なんです! 」
「へ? シーツ? えっ!? 」
頭に疑問符を浮かべるケイトを後目に、ダフィは【機神象】を操作して駐車場に放置されていた園芸用のコンクリートブロックを十数個、砂利を掴み取るかのように機械の手でつかみ取る。
「やっぱりあった! ザ・サイレントと同じだ! 」
ダフィーは二次元世界での生活を送っている時に、毎日のように見返していたアクション映画「ザ・サイレント」のワンシーン、ホームセンターでマフィアの集団と主人公が一人で立ち向かう場面の記憶を元に、このコンクリートブロックを探していたのだ。
「食らえ!! 」
ダフィは【機神象】の手に握られたコンクリートブロックを野球のピッチングを思わせるフォームで思い切り投げつける!
ブロックのつぶてはショットガンのように広がり、前方にいる3体のBMEに命中! ダメージには至らずとも、一瞬だけその動きを止めるには十分な威力だった。
「ウワァァァァム!! 」
その隙を狙い、ダフィーは【機神象】をジャンプさせて両拳と長鼻の鞭を振るい、3体のBMEを同時に撃破!
「グォアアアアアラアッ!! 」
機械の悲鳴とも思われる金属の擦れ合う音と共に、3体は火花と爆発を伴ってピクリとも動かなくなってしまった。
残るBMEは4体!
「変だと思うかもしれませんが……」
煙が充満して靄を作り、それをスクリーンとして火花の光でオレンジの世界を作り上げる幻想的とも言える状況の中、ダフィーはケイトだけに聞こえるようにささやいた。
「ぼくは今でも、ブラックマン神父のことを慕い、尊敬しているんです……その正体がケイトさん達にとって悪魔のような存在だった[コブラ]だったとしても……ぼくはあの人の言葉を思い出す度に勇気の炎が燃えさかってくるんです……今でもすぐそばで神父様が見守ってくれているような……そんな錯覚すら覚えているくらいに……! 」
ダフィは、【機神象】のレーダーを元に残る4体の位置と動きを視認しつつ、土煙の中ゆっくりと動き、標的への距離を詰める。
「神父様はぼくにとって目標とする人……そして、メグ……メグジェシカ様はいつだって、教会でぼくに優しく微笑みかけてくれていた心の支え! 二次元世界でただの女の子として生活していた頃にも、ぼくを助けてくれた恩人! 今ぼくがこうして戦って、こうしてケイトさん達を守ることができて! 充実した生の実感を覚えているのは、神父様とメグジェシカ様のおかげ! 今ぼくはそれを大切にしたい! 守り抜きたいんだ! 」
土煙が晴れ、月明かりに照らされた白い【機神象】は、静かに背後に忍び寄った1体のBMEめがけて特大のハイキックを見舞い、ダウンさせた!
残るは3体!
「変じゃないよ……ぜんぜん」
ケイトはメグの頭を優しく包み込みながらダフィに言葉を返した。
「私のパパも、法律で禁止されてる物を【アースバウンド】に持ち込んだり、権力で弱みを握った人間を思い通りに利用したり……アル中だし……ロクな人じゃないけど……」
ケイトの瞳には涙がこぼれ出しそうになっていた。声も震えている。
「それでも、私の父親だもん! 私に絵の才能があるって褒めてくれた、たった一人のパパだもん! 私も守りたいよ! 大切な人! 」
ケイトの言葉はダフィーの心をより一層、大きく、迷いのないものへと変えたようだった。
「ケイトさん! もう少しで終わります! メグジェシカ様をよろしく! 」
前方に対するBMEの残党3体! そこまでの距離は50m弱! 象牙の機銃をこちらに向けるが問題ない!
ダフィは駐車場に捨てられた中型トラックに目を付け、それを思いっきり蹴り上げてシュートする!
「グッシャアアアアン!! 」と激しい金属音と共に、トラックはBMEの1体と正面衝突! その直後……
「ドゴォォォオオオオオン!! 」
けたたましい爆発音と共に炎が燃え上がり、闇夜を真っ赤に染め上げた! どうやらトラックの燃料タンクにはガソリンが少量残っていたようだ。
このまま突っ込んで3体撃破! これで全滅だ!
高いテンションを保ちながら最後の仕上げに取りかかるダフィ。二本の足で力強く疾走し、トドメのジャンピング攻撃を繰り出すつもりだった……
「ザヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!!!」
その凶音は突如、なんの前置きもなくまき散らされた。
「うわああぁぁぁっ!!? 」「キャアアアアァァっ! 」
揺さぶられるコックピット、反響する金属の破裂音。そして鳴り響く機械音の警告アナウンス……
『右腕部に損傷:大 背面部損傷:中 早急に戦線離脱してください! 繰り返します……』
「な、何が起こった? 」
電子系統にも激しい損傷があったようだ。コックピットの前面モニターに映し出されるハズのカメラ映像はぷっつりと途絶え、真っ黒な画面に時折亀裂のような線が走っている。
とにかく現状を把握しようと、コックピットのハッチを少しだけ開こうとしたダフィーだったが、その必要は一瞬で無くなった。
「ゴバァアン!! 」
「キャアアアアッ!! 」
悲鳴を上げるケイト、無理もない。今まで自分たちの身を守っていた【機神象】の硬質な外郭であるハッチ部分が、BMEの長鼻によって強引に引き剥がされたのだから。
「くっ……」
そしてなま暖かい外気と共にダフィー達の視界に現れた物……それは真っ黒で、硬質で、凶悪の象徴……BMEの巨大な象の顔。
【機神象】は今、何かしらの攻撃を背後に喰らって四つん這いの状態になっていた。そして、その右腕が無惨にもボロボロに損傷して引きちぎられていること……
そして、後方50m先には【機神象】と同じく二足歩行形態となったBMEが、こちらに向けて巨大なガトリングガンの標準を向けていることをダフィは確認する。
後ろにいるのは、さっき跳び蹴りで倒したBME……まだ戦闘不能状態にはなっていなかったのか。倒したと勘違いして標的を移した隙に二足歩行して、胸部のガトリングガンで不意打ちしたのか……くそっ!
「ウオオオオオオオオッ!! 」
自らの失態を嘆いている暇はない! 目の前のBMEは大きく喚いて象牙を変形させる。マズイ! このままではコックピットに乗っている4人全員の身体にその銃撃を浴びることになる!
「うわああああッ! 」
瞬時に危険を察知したダフィは、【機神象】の鼻をぶつけて銃撃の矛先をそらす!
「ズガガガガガッ! 」
紙一重でその弾丸の直撃を避けて残された力を振り絞るように、ダフィーは【機神象】の左手を眼前のBMEの首に差し込み、重要な機能を司る配線をもぎ取った!
黒い巨象はそのまま横に倒れてガラクタと化した。
「ハァ……ハァ……」
何とか九死に一生を得たダフィ達だったが、その代償は大きかった。
右腕を失い、ハッチを失ってパイロットは剥きだし状態。さらにダメ押しとばかりに……
「ダフィー君!! ダフィーくん!! 大丈夫!? 」
「う……くっ……」
ダフィーは先ほどの銃撃を直撃すらしなかったものの、その際弾かれた【機神象】の破片が運悪く頭部を掠めたらしい……頭頂部からおびただしい量の血を流し、それが両目に入ってしまった。目を見開くことができず、このまま戦いを続行することが困難な状況だ。
まだBMEは3体も残っている……!
「逃げて……ケイト……」
「え!? ダフィー君、なに言ってるの? 」
「逃げて……メグジェシカ様を連れて……キミたちだけでも……」
もはや自分に助かる道はない。そう悟ったダフィーは自らを投げ捨てて残された者への活路を開こうと覚悟した。
「ダメだよダフィー! そんなのは私が許さない! 」
「え……! 」
目がふさがっていようが、今の声がケイトのものでないことなどすぐに分かった。何度も何度も頭の中でリピートさせ、何度でも何回でも聞いていたい……そう思っていた声が今、彼の耳元で鼓膜が破けるかと思うほどの音量で発せられた。
「ダフィー! 絶対に生き残るの! 絶対に勝つの! 諦めないで! 」
「メグジェシカ様……! 」
【機神象】が倒れた衝撃のせいか? それともダフィーの決意を目の当たりにしたことで心を取り戻したのか? いずれにせよ、ジーツの顔を見たショックで精神が乱れてしまっていたメグが、正気を取り戻して復活を遂げていた!
「ダフィー! この際だからズバっと言うよ! もうそのメグジェシカ様って呼び方はやめて! 正直キモイの! 」
メグは上質な生地のドレスを引き裂き、ダフィー背中に抱きつくようにして頭部の傷に押し当て、止血を施す。
「ダフィー! がんばって生き残ろう! そして一緒に行こうよ! 約束した場所……一緒に行こう! 」
「メグジェ……メ……メグ! 」
後頭部越しに感じる女神の体温、そして石鹸の香り……
視界を失ったダフィーの脳内に映画のように映し出される……
今まで【楽園】で過ごして彼女を遠くから見守っていた時間……
二次元世界の教会で女神像に頭を垂れていた時間……
そして……いじめっ子から助けてくれた女の子と過ごしていた時間……
それらが一瞬で脳内に伝わり……絡まったシーツがほどけて何十枚と広がり、組み合わさり、真っ白で大きな一枚のシートなり、それがスクリーンとなって映像が映し出される。
『ごめん……ぼくのせいで、キミに迷惑かけちゃって……』
ここは……学校の廊下……? 歩いてるのは、ぼくだ! そして隣にいるのは……
『ホンっとそう! アンタがもっとしっかりしてれば、私がいちいち手を貸すこともないんだから! 』
メグ……メグだ! 思い出した……いじめっ子からぼくを守ってくれて……その後職員室に呼ばれた直後の光景だ!
『反省文……書くんだっけ? 』
『そ! イマドキ紙に手書きだって! アナログにもほどがあるよ! 』
『それじゃあさ……その、助けてくれたせめてものお礼というか……』
『なに? 別に私はアンタを助けたワケじゃないよ。あの弱い者いじめしか能がないクソったれの泣き面を見たかっただけ』
『でも……手伝わせてくれないかな? 反省文を書くの……』
『反省文……アンタが? 』
『うん……得意なんだ……文章書くの』
『そっか……うん……そういうことなら、チョコッと手を貸してもらおうかな? 』
『いいの? 分かった! 最高の反省文を書けるように手伝うよ! 』
『最高の反省文って……“美味しい残飯”みたいな引っかかりを感じるけど……まぁいいか』
『それじゃあ、どうする? 教室に戻って書いちゃう? 』
『そんなことしたら速攻で先生にバレちゃうでしょ! どっかで待ち合わせしよ』
『えーと……それじゃあ、あそこなんてどうかな? 』
『あそこ? 』
『うん、教会の斜向かいにある……赤いレンガの……』
『あ! あそこね! 分かった、それじゃあお互い家に帰ったら集合ね。絶対来るって約束して! 』
『分かった、約束する! ザ・サイレントの公開初日だったとしても絶対行くよ! 』
『はは……そういやダフィー、アンタよく見たらおでこから血ィ出てない? 』
『あ! そういやさっきバスケのボールぶつけられて……』
『全くひどいことするわ……どれ、ちょっとよく見せて』
『あ! ダメだよ、汚いから……』
『いいから! ほら、このハンカチあげるからしっかり傷にあてときなさいって』
『あ、ありがとう……』
『ちゃんと消毒してバンソーコーでも貼っときなよ。そんじゃ、また例の場所で』
『う……うん! ……の………………で…………待ってるから! …………………………
「……行こう」
「ダフィー……? 」
「メグ……約束だからね、絶対いくよ」
「……」
「図書館に行こう……一緒に……反省文を書こう……」
「………………」
「やっと……思い出してくれたんだね」




