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ゲノム・グレムリン  作者: 大塚めいと
番外編 楽園追放
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75/89

1 「絡まったシーツのように」

『記憶でさまよい続ける少女は、今どこに? 』





 『次は[ホワイトマス図書館前]……[ホワイトマス図書館前]へお越しの方はこちらでお降りください』





 停留所の名前を告知したバス運転手のアナウンスにより、まどろみかけていたぼくの意識はハッキリと目覚め起こされた。





 もう着いたのか……。





 ぼくは学校での授業が終わると、毎日同じ時間のバスに乗り込み、いつも通りの最後列より一つ前の、一人掛けシートに腰かけ、[ホワイトマス図書館]の斜向かいにある【メグジェシカ教会】へと向かうのだ。





 ほぼ毎日のように、ぼくがこうして教会に通っているコトを周りは「真面目だねぇ」だとか「ご苦労なコトだな」だとか、半ばバカにしたような口をきくけど、コレはぼくにとって友達と駄弁(だべ)ったり、フットボールやベースボールに(いそ)しんだりすることよりも何より大事なコトなのだ…………まぁ、そんなコトをする交友関係なんてぼくには無いのだけども…………





 目的の停留所に降り立ち、ぼくは眼前にどっしり構える[ホワイトマス図書館]をなんの気もなしに見つめた。





 赤いレンガ造りの外観と、入口前の池で吹き流れる噴水が特徴の市立図書館。それを背景にピシっと立っているだけで、偏差値が20は上がったように錯覚するほど質実な印象を受ける建物だ。





 ぼくはいつも、この図書館の前に立ち尽くすたびに、どういうワケか何か大事なモノをここに置き忘れているような……心の根っこをチョイとつままれるような……そんな気持ちになってくる……一体なぜなんだろう。





 そんな気持ちを抱きながらも、本と言えば映画の小説版(ノベライズ)やパンフレットぐらいしか読まないぼくにとって、図書館を必要とすることはなく、未だにその館内に足を踏み入れたことがない。





 ぼくの精神の遠いところで、誰かが図書館内に入れまいと引き留めているような超次元的な意思を感じたりもするけど、単に学力に対するコンプレックスが無意識に働いているだけなのかもしれない。この前の学力テストも散々だったし……。





 と、そんなコトは今は頭の隅に追いやるコトにして、ぼくは本来の目的である【メグジェシカ教会】へと向かうコトにした。





 厳かな三角屋根の白レンガ建築。上部にアーチを描いたクラシカルな扉を開くと、両サイドに逆八の字で設置された長椅子が出迎え。それに挟まれた中央の身廊(しんろう)の先に、神々しくそびえ立つ高さ2m超の女神像の姿。





 「メグジェシカ様……今日(こんにち)も観目麗しくございますね……」





 ぼくは女神様の御身を目に映すと、半ば反射的に感謝の言葉を呟いてしまった。幸い今、教会内に信者の方はおらず、その言葉はぼくと女神像だけが聞き取っただけに終わったけど、まぁ、ここに来られる人になら、例えそんな独り言を聞かれたとしても恥ずかしくはないけど。









 僕は五ヶ月前、クラスの暴力好きに、宝物である「ザ・サイレント完全シナリオ集」を隠されてしまって途方にくれていた。





 傷心してトボトボ歩いて帰宅していた途中、いつもは何の変哲もない風景として見逃していたこの教会が妙に温かい存在として目に映った。





 ダメージを負った心を少しでも癒そうとしたのだろう。ぼくは吸い込まれるように教会内へと入り込み、そこでぼくを迎えた女神象を見た瞬間、全身にエレキのようなモノが走り、そして……気が付いたらぼくは、メグジェシカ様の御身の前で(ひざまず)いていた。





 メグジェシカ様は、こんなにも弱い僕の心を、その慈愛に満ちた温かい抱擁で包み込んで癒してくれた…………と自分では思っている。





 でもぼくは、その時自分の心が救われた確かな実感を味わったことは間違いない。





 それ以降、僕はこの教会に頻繁に足を運ぶようになり、神父様とも仲良くなって、先月はとうとう洗礼を受けさせていただいた。





 ぼくの心は、メグジェシカ様と共にある……。そう思うと、ぼくはどんな苦境も乗り越えられるような気持ちになる。








「神父様、いらっしゃいますか? 」





 ぼくは、ほこりが舞う音すら聞こえるように静まり返った堂内にて、この教会の守り主の姿を探した。そしてこの場にいないというコトが分かると、一旦外へと出て裏庭へ回る。





「神父様、やっぱりここでしたか」





 裏庭には、ギターの弦のように洗濯紐が張り巡らされ、真っ白なシーツやタオル、そして衣類が景色を占領し、そよ風になびくそれらの間から、浮き立つように真っ黒なローブを着た人影が見え隠れしていた。





「やあ、ダフィー君。今日も来てくれたのか」





 沢山の洗濯物を取り込んでいる最中の神父様は、シーツの隙間から口角をわずかに上げた笑顔をぼくに見せてくれた。





「神父様、手伝いますよ! 」





「そうか、助かるよ」





 神父様はその年齢こそ未だに知らないけど、見た目だけで判断すれば30代前半くらいだろうか? ピンと伸びた背筋と、右手だけにはめられた黒い手袋が特徴的で、少しミステリアスな雰囲気もある。





 過去に大学で電子工学を学んでいたという意外な経歴の持ち主でもあり、常に落ち着き払った立ち振る舞いはカッコよさすら感じられ、僕にとっての「理想の大人」の体現像でもある。





「学校ではちゃんと勉強に励んでいるか? 」





「はい、おかげ様で……」





 本当は留年の可能性すらあるってコトは内緒だ。





「いいことだ。人間は日々成長しなければならない……変化と進化の精神を忘れないことだ」





 変化と進化。これは神父様の口癖でもある。メグジェシカ様の教えのもとで、平穏な生活を目指す者の言葉としては少しギャップがあるけど、悩みや不満を常に改善する精神で毎日を過ごすべし。というような解釈で、僕は受け取っている。





「ダフィー君」





 神父様は、大きなシーツを折りたたんで籐のカゴに入れながらぼくに尋ねた。





「はい、何でしょうか? 」





「君、来週の水曜日が誕生日だったね? 確か」





「そ、そうです! ……10月5日で12歳になります! 」





 驚いた。まさか神父様がぼくの誕生日を覚えていてくれてただなんて……確か洗礼の時に一度教えただけだったのに……信者なんて僕の他にも沢山いるというのに。それだけでぼくは目頭を少し熱くさせてしまった。





「神父様は、記憶力がいいんですね」





「はは、それには自信があってな。脳から記憶を引っ張りだすコトは得意分野だ」





 脳から記憶を引っ張りだす……その言葉によって、今まさに僕の脳から一つの記憶……いや、記憶と言っていいのかすら分からないけど、とあるビジョンともいえるモノが引っ張りだされてしまった。





 神父様なら……何か分かるのかもしれない……。ぼくは思い切って質問することにしてみた。





「神父様、質問をしてもいいでしょうか? 」





「なんだい? 」





「一度消えてしまった記憶というのは……二度と思い出すことは出来ないのでしょうか? 」





 それは、顔にボカシのかかった少女の記憶のことだ。





 ぼくにはやはり、これが単なる妄想の産物とは思えなかった。まるで誰かによって、強制的に脳から排除されてしまったかのような、そんな違和感を覚えていた……だから、ぼくはその違和感を少しでもぬぐいはらうコトの出来る、ちょっとしたアドバイスを神父様に求めたのだ。





「なぜそんなコトを聞くんだ? 」





「いえ……それは……」





 でも、さすがの神父様にも、謎の少女に関するコトを話すのは少し照れくさかった。かといって嘘をつくことも出来ない。ぼくはこの話題を振ったコトに後悔し、ただただ黙りこんでしまった。





「…………ふむ……そうだな……」





 そんな気持ちを察したのか、神父様はぼくに何も問いただすことなく、話を続けてくれた。





「そもそも人間は、一度記憶した情報を、脳から完全に消してしまうなんてコトは、まずない」





「本当ですか? 」





 神父様は洗濯物を取り込みながら説明してくれた。





「そうだ。一度見たり聞いたり触ったり、味わったり嗅いだりといった情報は、脳から生涯消えるコトはないと言われている、ではなぜ過去の記憶を思い出せなくなったり、忘れてしまったりするのか? それは、脳に記憶された情報を引き出すことが出来なくなるコトが原因だ」





「つまり……記憶力の良い人というのは、記憶を引き出すコトが得意な人。というコトになるんでしょうか? 」





「その通り。忘れてしまうというコトは、例えるなら、本の目次が消えてしまい、お目当てのページを見つけるコトが出来なくなるという状況だ……」





 なるほど……というコトはつまり……ぼくは記憶している少女の顔にたどり着くまでの目次を失った状態という可能性があるということか。





「そして、記憶というのは、一つ一つが単品で残されているワケではなく、それぞれが根っこのように繋がっていると考えられている」





 神父様はそう言って、籐のカゴに取り込んだ一枚のシーツを再び取り出そうとする。すると、そのシーツにはタオルやTシャツといった他の衣類までも絡み巻き付いてしまっていた。





「忘れてしまった記憶は、ある一つの事柄を思い出すことで、このシーツに絡んだ衣類のように、釣られて一緒に思い出すこともある。そしてその逆も然りだ」





「逆? 」





「そう。さっきは記憶を完全に消すことは不可能と言ったが、それは、[一つの記憶だけ]をという場合だ。完全に脳に記憶された情報を消滅させるコトも出来ることには出来る」





 和やかだった神父様の表情が、突然真剣味を帯びた。





「さっきも言ったように、記憶はそれぞれ繋がっている。なので、[A]の記憶を消したとすると、それに繋がった[B]の記憶や[C]の記憶までも影響してしまうのだ。つまり、断片的な記憶が残っているとしたら、それは消えているのではない、単に忘れているというだけなのだ。情報そのものは脳の片隅で生きている」





 神父様のその言葉を聞いた瞬間。ぼくの頭の中で、大きな確信が生まれた。





 そうだ、やっぱりあの少女は……確かに存在する……! ぼくは確かに、彼女に会っている!! 





 問題は……その記憶のシーツに絡まった別のシーツが何なのか……それを見つけることなんだ……!! 





 僕は悩みを解決する糸口を掴んだことで、心の中で喜びの舞いを踊った。どんな踊りなのかは、ちょっと秘密だ……。





「そして、ダフィー君。君に確実に覚えておいて欲しいコトを今から伝えるよ」





「は……はい! 」





 喜びの舞いは強制終了された。覚えて欲しいこと……一体なんだろう? 





 神父様は、突然腰を落とし、ぼくと向かい合って視線を合わせた。





「な、なんでしょうか? 」





 そして、ぼくの前世までも見据えているような、鋭く綺麗な目で、神父様は言った。





「来週の君の誕生日に……私は、ダフィー君を【楽園】に招待しようかと思っている」





 その言葉を耳に入れた瞬間、僕は全身の骨が粉砕してしまうかのような感覚に陥った。まさか……嘘だ……僕なんかが、【楽園】に? 





「本当ですか? 神父様! 」





「本当だ、ダフィー君。私は君の信心深さと、生真面目さを大きく買っている。適材だ」





 ぼくは、思わず取り込んだばかりのピカッピカのタオルで、流れ出した涙と鼻水を拭ってしまった……【楽園】に行けるだなんて……それほどに……それほどに嬉しかったから……!!





「ありがとうございます! ありがとうございますッ! 」





「ああ、君には期待しているぞ」





「はいっ! 」





「いい返事だ」









「任せてください! ブラックマン神父様!! 」






『さぁ、みんなで【楽園】に行こう! 』






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