第八四話【小料理屋】
寒冷な温泉村やその周辺にはドワーフが多く住む。
最近は近隣諸国からの移住も増え、彼らの技術力も相まって村は以前よりも豊かになっている。
懐が潤えばよい酒を呑みたくなる。
潤ってなくとも酒を呑みたくなる。
呑兵衛とはそういうものだ。
ドワーフは酒にうるさい。
うるさいから、旨い酒を醸す場所やその近くに住む。
何故なら、この世界で流通はさほど発展していないし、特によい酒は大抵金持ちの胃袋に収まってしまうからだ。
気のきいた領主や貴族や商人はドワーフたちを繋ぎ止めるべくよい酒を用意するが、彼らは独自の連絡網を持っていて旨い酒を探すことに余念がない。
酒はドワーフにとっての『命の水』なのだから。
そういう訳で、温泉村では日が暮れる頃には酒を求めるドワーフで溢れることになる。
日が暮れなくても溢れていることさえある。
それがドワーフだ。
ドワーフ密度に於いて、温泉村は王国や帝国の首都にも劣らない。
具体的には、彼らはコルスの住む温泉旅館にやってくる。
村には元々小さな居酒屋くらいしか酒と肴を提供する店がなかったから、更に強化した店をコルスが作った。
小料理屋ウマカネである。
そこには黒髪の若女将がいて、旨い酒と食事を提供してくれる。
ウマカネでは、家によって異なる味の林檎酒や近隣のアラルコン村で醸されるエールをドワーフたちや人間がぐびぐび呑む。
高い度数の酒も提供され、彼らはそれらも旨そうに呑む。
大抵の酒精をがんがん呑む。
それが呑兵衛の基本姿勢だ。
酒の肴は野菜や獣肉や鳥類の肉や魚など多岐に渡る。
鮮度のよい魚をこんなに旨く食べられる店は世界広しといえど、なかなか見つかりはすまい。
温泉村から一番近い海沿いの集落はアラルコン村だが、片道三日くらいはかかる距離にある。
生の魚介類が傷むには充分過ぎる遠さだ。なのに、温泉村の小料理屋では新鮮な魚介類を味わえる。
それは温泉村七つの秘密のひとつだ。
まるで漁村で水揚げされたばかりのような海の幸は、稀少で喜ばれる品である。
それらを揚げたフライも好評だ。
獣の油で揚げられたきつね色の揚げ物に添えられた柑橘系の果実の汁をかけ、タルタルソースやウスターソースをかけて食べるのだ。
タルタルソースはこの村で開発されたマヨネーズに茹でた玉子を潰して合えたもの。
ウスターソースもこの村で開発されたもので、玉葱と林檎などを煮詰めたソースだ。
ウマカネには地元や近隣のドワーフだけが集まる訳ではない。
お忍びらしい貴族がいたり、酔いどれ闇エルフがいたりする。
喧騒の中、若女将と手伝いの娘たちはてきぱき仕事を進める。
隣村の新人村長であるトニーが酔っぱらってクダを巻くのも日常風景だ。
帰ったらせつせつと説教されるだろうが、また懲りずに繰り返すだろう。
それが酔っぱらいというものだ。
経営者であるコルスがひょいと店を覗く頃には賑やかさも一層増しているが、彼の相方である闇エルフは少年に抱きついてそのまま帰って寝る支度をする。
やがてドワーフたちも帰り支度を始め、徐々に店内は静かになってゆく。
若女将と少女たちはまるで訓練された兵士のようにてきぱきと片付けを済ませ、翌日に向けての仕込みをしたり準備をしたりする。
よりよき明日のために。




