第四八話【春よ! 海よ! クラーケンよ!】
「首領、今ならまだ間に合います! お逃げください!」
近衛の怪人たちが扉の前で【奴】を待ち受けている。
謁見の間。
空虚の玉座。
私を説得しようとしている烏賊娘。
烏賊を象った白い兜と鎧で完全武装しているが、先程からかちかち歯を鳴らしている。
無理もない。
彼女に実戦経験などないのだから。
「【大佐】も【博士】も【大使】も既に敗れました。わたしたちでは首領をお守り出来ません。今がお逃げになられる好機です。さあ! 早く!」
「烏賊娘。私はもう疲れたのだ。」
そう。
【奴】が我々に反旗を翻して以来、組織は甚大な被害を受け続けていた。
【奴】の力は絶大で、刺客は全員討ち取られた。
もう、終わりなのだ。
我が組織には、既に余力などない。
残っているのは、ほんの小さな力。
「まだ……まだです! 首領さえ生きておられるならば、我々の勝ちです!」
ドン!
【奴】の一撃に耐え得る筈の扉が吹き飛ばされて、その禍々しい姿がこの謁見室に侵入する。
黒々と光る体。
破滅を司る体。
私は宝剣を握り締めながら立ち上がる。
「烏賊娘よ。間に合わなんだようだ。」
「仕方ありませんね。お供をします。」
黒々とした異形が声もなく迫ってくる。
最強を名乗るものよ。
我が剣を受けてみるがよい。
夢か。
徐々に生々しくなっているような気がする。
何故妙な夢ばかり見るのだろうか?
ん?
なにか指先がざらつく。
火鉢の中の埋め火をおこし、指先を見詰める。
白い粉らしいものがさらさらとこぼれ落ちて、淡雪のように消えていった。
海沿いの村、アラルコン。
私ことケニーとコルスや村人たちは立春海鮮祭ということで刺身や海賊焼やあら汁などをいただいているが、刺身の盛り合わせは我々二人しか口にしていない。
伊勢海老や車海老や毛蟹みたいな甲殻類がいたので、塩茹でしたり一部獣の油脂で揚げたりして食べた。
烏賊ミンチカツはとても旨いと大好評。
しかし。
やはり、刺身は我々以外手を付けない。
なにやってんだこいつら、という視線は嬉しくないものだ。
闇エルフのリーネは以前平気で刺身を食べたそうだが、今回は遠慮されてしまった。
こんなにおいしいのに。
魚の干物もぼちぼち進んでいるらしい。
昆布はあるのだろうか?
冬場は風が強いと空飛ぶ絨毯の制御が難しいそうで、コルスも万能ではないみたいだ。
不意に気配がした。
海が泡立っている。
なんだ?
「来ます!」
鋭いリーネの声。
「ク、クラーケンだっ!」
村人たちが騒ぐ。
伊福部昭の背景音楽が聴こえてきそうだ。
或いは冬木透か。
烏賊が現れた。
巨大な烏賊だ。
かなりでかい。
食べられるかな?
おいしいのかな?
「コルス。あれって旨いかな?」
「あの系統はアンモニアが足に行くとかなりアレだから、あんまりおいしくないかもしれない。」
「寄生虫もかなり大きいだろうなあ。」
「焼いたらいいかもしれん。」
「先ずは干してみよう。」
「燻製もいいな。」
「コルスやケニーは食べることになるとずいぶん熱心ですね。」
「リーネも食べる?」
「おいしかったら。」
「まあ、そうなるな。」
コルスが指をパチンと鳴らした。
途端。
クラーケンの足が一本吹き飛ぶ。
「回収しとけ!」
周りの連中が真っ青な顔をした。
村人たちが決死隊を急遽編成して、足を回収していった。
アーバレストで目玉を狙うのだが、なかなか当たらない。
奴の目玉をセンターに入れて、必中、閃き、集中、熱中。
「其所だ!」
コルスの指パッチンが二発飛ぶ。
両手から小気味よい音が響いた。
烏賊の足が二本回収されてゆく。
「なんで正中線を狙わないんだ? 真っ二つにすれば一発で済むだろう?」
「たぶんそれをやると、足がアンモニアくさくなって不味くなるだろう。」
「コルス。」
「なんだ、ケニー。」
「流石だ。」
「まあな。」
「それはいいから、早く倒しましょう! 出でよ、海の精霊!」
リーネに再び注意される。
ダメなおっさん二名だ。
フルチンの巨大海坊主が海を割って現れた。
アレがけっこうでかい。
フランクフルターというか、大根というか。
「デュワッ!」
クラーケンにチョップしようとする、フルチンの巨大なおっさん。
ぷるんぷるん揺れている。
「ヘアッ!」
クラーケンが春画のようにおっさんに絡みつく。
北斎って感じ。
「デアッ!」
蹴りを入れる巨大なおっさん。
ぷるんぷるんとふぐりが揺れまくる。
「もう、あのおっさん一人でいいんじゃないか?」
「そうだな。のんびり足を斬り落としてゆくか。」
「一体、なにを言っているのですか、二人とも!」
ポケーッ、とコルスと二人でぷるんぷるんたゆんたゆんおっさんを眺めていたら、リーネから滅茶苦茶怒られた。
私は弓兵としての仕事を再開する。
赤い服を着て髪を灰色に染めた方がいいのかな?
アーバレストから放った矢がたまたまクラーケンの目の中心部を射抜いたらしく、巨大烏賊はスミを吐きながら激しく悶えた。
真っ黒に染められた、ぷるんぷるんふぐりおっさんがクラーケンを投げ飛ばす。
其処へコルスがスペシウム光線……じゃなくて、指パッチンで足を斬り落とした。
斬り刻まれたクラーケンはおよそ一〇分後に絶命した。
やれやれ。
足を斬り刻んで、干したり燻製にしたりする。
刺身はコルスと私以外、誰も手をつけなかった。
案外おいしいのに。
寄生虫ネタはどうしようかとも思ったのですが、かなりエグい展開になりそうなのでやめました。




