第四九話【トリックスター】
フール家のシャリアンと言えば高潔な騎士として公国軍でも知られた男だが、先日とある隊長の奸計に嵌められて国を追われた。
勿体ない話である。
そして、それとは関係ないかもしれないが、一躍東方方面軍の隊長にのしあがった男がいる。
仮面をいつも被っている、シャルル・アナスキだ。
彼は赤く派手なマントを好み、ルールン戦役では連盟側の五名の百人隊長を倒している。
『赤マントのシャルル』は上官である姫騎士のカルラとその親友のセリアに手を出し、一旦は辺境警備隊隊長として左遷されたが、カルラとセリアが彼の首都帰還を望んだためにやむなく元へ戻された。
一族経営の国の弊害は此処にもある。
カルラの兄でありシャルルを配下に持つ猛将トルスはこの事態に激怒し、単身長兄のキーレンが仕事をしている公邸へカチコミに及んだ。
次兄のサスロンと謀略や調略や世論操作の話をしていたキーレンは、話の腰を折られて機嫌が悪くなっていた。
四六時中はかりごとを考えるのが大好きな彼にとって、その目の前をちょろちょろされるのがとても厭なのだ。
先手を打ったのはサスロンだった。
「どうした、トルス? 婚約者のあの子が無理難題でも吹っ掛けてきたか?」
五人兄妹の中で腹芸が使える彼は、サミール家の中の広告塔として貴重な位置にいる。
武官気質と謀略家気質の者が揃う家中にあって、羽柴秀長並に稀少な調整役であった。
「そうやって、俺の矛先をかわそうとしてもムダだ! サスロン兄よ!」
「別に誤魔化すつもりはないが、これを見てくれ。どう思う?」
「……と、とても……きれいだと思う。」
「ティーファの店で、お前の嫁さん用に拵えてもらったブローチだ。彼女に似合うと思うぞ。ほら。」
「い、いつの間に。あ、あの……サスロン兄……。」
「わかっているさ。悪くはしない。任せておけ。結婚式は盛大にやりたいな。なんせ、これまで血なまぐさい戦役や紛争が多すぎた。ここらで国民を楽しませる必要があると考えるんだが、お前の意見はどうだ?」
「あ、ああ。兵たちに休暇をやりたいし、酒や旨いもんを楽しめる金も与えたい。」
「それは為されるべき事案で、兄貴も俺も同じ考えだ。」
「ああ。あだやおろそかには思っていないぞ、トルス。」
「そ、そうか?」
「そうさ。」
「そうだ。」
「お前はすぐに婚約者の元へ行って、ブローチを渡してこい。ロビーで士官が花束を持って待っているから、それも持ってゆけ。その方がより効果的だ。」
「なにからなにまですまん、サスロン兄。」
「水くさいぞ。とっとと行け。」
「この礼は必ず後で返すから。」
純情可憐なむくつけき顔の男は、愛する娘の元へすっ飛んでいった。
彼に謀略は無理そうだ。
「サスロン。」
「なんだい?」
「気障だな。」
「女心をわからないと政治家はやってられんよ。」
「よく言う。トルスが公邸に向かっていると聞いて、急いで花束を用意させたのは何処の誰だ?」
「当意即妙と言ってくれよ。ブローチは事前準備していたんだぜ。」
「お前の彼女宛ではないのか?」
「はン。全然違うね。」
「複数用意していたのか。」
「半分正解ってとこだな。」
「段々と父に似てきたな。」
「やめてくれよ。あんなにえげつなくないし老獪でもない。」
「『今はまだ』あんなに老獪じゃないんだろう?」
「まあ、赤マントがカルラの貞操を奪う前に追い出せてよかった。」
「離れるとより恋しくなる、ということもあるのではないのかな?」
「その時はその時さ。とっくに手は打ってある。」
「あの秘書官はナナエと言ったか。使えるのか?」
「あらゆる手を使え、と指示してある。奴の趣味は複雑だからな。支配欲が強過ぎて少女趣味なのはいただけんが。カルラにはあまり強く言うなよ。却ってこじれる。」
「あれは通過儀礼のようなものだ。直に治る。」
「おい、まさか、『事故』を起こすつもりか?」
「カルラが可愛いのは、お前らだけではないということだ。」
「穏便に頼むぜよ。」
「どの口が言うか。」
「じゃ、残りの議案は明日まとめるか。そろそろ帰るわ。」
「サスロン。」
「なんだい?」
「温泉村のコルスという七歳の少年を知っているか?」
「知らんね。もしかして勇者なのか? 魔王候補生というオチはなしにしてくれよ。」
「彼はこの一年の間に村を三つ作った。」
「は?」
「竜の血も密かに売っている。これだ。」
「へ?」
コトリ、と机の上に置かれる小瓶。
「サスロン、たまには皆にそういう顔をしてやれ。喜ばれるぞ。」
「な、なにを言っているんだ! で、それは本当の話か?」
「ああ、潜入員からの報告は驚くべき内容だよ。これだ。」
パサリ、と机の上に置かれる報告書。
読み出すサスロンの表情が徐々に険しくなってゆく。
「おそるべき話だな。」
「おそるべき話だよ。」
「どうするつもりだ?」
「取り敢えずは様子見だな。」
「王国はわかっているのか?」
「根腐れしていて無理だな。」
「取り込むつもりなのかい?」
「ミトラスの皇帝が動いている。」
「また厄介な人物が絡んでるな。」
「先ずは元公爵令嬢たちをめとらせるそうだ。」
「そりゃまた、豪勢豪気な話だねえ。」
「どちらにせよ、温泉村は遠すぎる。」
「まさか、シャリアンの件はそういうことか?」
「アレは私の考えをよくわかっている男だよ。」
「三騎士の一人を送り込むほどか。」
「出来得る限り最高の人材を、だ。」
「わかった。俺も優先事項にしておく。」
「これからは政略の時代だ。トルスのように突撃だけすればいい時代は終わった。」
「俺は好きだぜ、あいつのこと。」
「私も、一族のことは大切だよ。」
「本当か?」
「本当だ。」
「わかった。ところで、兄貴。」
「なんだ、サスロン。」
「キリアはシャルルに惚れているようだな。」
「あいつは少年愛がアレで目覚めたからな。」
「実は直属の部下に欲しいと言われた。」
「私にも根回ししてきたが、呆れたぞ。」
「今はトルスの配下だが、面倒だからキリアと結婚させるか。」
「キリアと結婚しようという勇者はなかなかいないだろうから、話を進めよう。」
「よし、じゃあ、そうしよう。キリアの片腕のオーメンシュタインに任せたらいいだろう。」
「あのなんでもあり系絶倫男が義弟となることを考えたら、実におぞましいな。」
「カルラの婿になるよりマシだろ?」
「カルラは素晴らしい男と婚姻させなくてはならない。」
「心配症だねえ、兄貴は。」
「家族愛と言って欲しい。」
「はいはい、じゃあまた明日。」
「うむ。」




