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(四)向陽に誓う ≪第十四話≫No.18 ≪第十五話≫ No.19

(四)向陽に誓う

≪第十四話≫      No.18

小太郎は日の出前に、父から貰った太刀を持ち、館を出て長者原山に登った。四月の山間はまだ闇の中で手に持つ松明(たいまつ)以外に光る物がない。気温もかなり冷えている。(かい)見寺(けんじ)の裏道を登るとすぐに薬師堂の大杉の前に出た。樹齢七百年の巨木である。闇の中に巨人の様に立っていた。いつもは、見慣れた木なのに今日は何かが違う。幹の中央に雷で撃れた縦に走る傷跡が嫌にも目に入る。

小太郎は大杉の横を抜け、山道を登り続けた。長者原山は海抜482mの山である。この大杉の道が頂上まで最短距離であった。若い小太郎の馴れた脚なら四半時(30分)程で登れたが今朝は何か雰囲気が常と違って小太郎は大地を踏み締める様に進んだ。遠く村里で雄鶏の声が響き、近くは(ふくろう)や山鳩の鳴き声が山を覆う。頂上付近は急な坂道である。

(ようや)く山頂に着いた。長者原山の山頂は名前の如く200m四方の台地になっている。山頂にはまだ至る所に根雪が残っていた。小太郎は真っ直ぐに観音堂(かんのんどう)に向かった。

 八閣のお堂の中に初代・稲島家当主俊(とし)(あき)が納めた百済(くだら)観音像が安置してあった。身の丈三尺(1m)の木彫りであった。作は不明だがかなりの造形である。幼い時によく母の美知の方と兄弟三人で(もう)でた事を覚えている。母は、この観音様が好きであった。そう云えば何処か母に似ていると見えた。静かに合掌して黙想した。昨夜の父と母の手紙を思いながら・・・

小太郎は立ち上がり、太刀を抜いた。東の空が少しづつ白けてきている。闇に向かって何度も空を切った。これから自身が立ち向かう宿命に向かって、得体の知れない不安と希望に向かって刀を振り続けた。若い汗が全身を滝のように洗い清めて行く。

 

≪第十五話≫      No.19

 小太郎は無我無中で奇声を吐きながら剣を振った。遠く、朝日連峰辺りから満天の星々を消しながら朝陽が昇り始めた。山の先端に光明が走ったその時、小太郎の心髄に電光が貫いた。それは丁度、薬師堂の大杉に稲光(いなびかり)が落ちた衝撃に似ていた。全身がぶるるっとしたまま、小太郎は一種の放心状態に入った様である。

口を開いたまま動け無い。手足が(しび)れた様に小刻みに震えている。その刹那(せつな)、ドォ~ンと雷鳴(らいめい)のように天から響いた『 汝、天下を治めよ!! 乱れし、この世を正せ!!』開いた口の中に火のように想像も出来ない沢山の言葉が飛び込んで来た。とても人の力では計り知れない神通力(じんつうりき)であった。

 16歳の小太郎にとり、また父母を亡くし生涯孤独な虚空の道を行かねばならない我を想えば霊動する不思議な体験の中にも(そんな事が出来るのか、俺になんの力が有る?)と精一杯否定してみせたが、それ以上の大きな力に圧倒され続けた。『我を信ぜよ! (おのれ)を信ぜよ!』天の声は時には高く、時には低く天地に響きわたった。

暫しの放心状態から解放された小太郎は今、我を取戻し、強い眼差しで登りゆく旭日(あさひ)を見つめていた。心の底から何か途轍(とてつ)もない大きな力が湧いてきていた。その時、太陽の中に沢山の人々が見えた。それは今までの道標(みちしるべ)としての先人達であったであろうし、小太郎の先祖達であったろう。そして最後に父と母が並んで天に昇っていくのが見えた。(まばゆ)い光の中で優しい微笑みを見せながら・・・

 夢のような時間が過ぎた。春の若葉が芽吹き出した長者ヶ原の台地に小太郎は一人立っていた。


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