≪第十二話≫ No.16 ≪第十三話≫ No.17
≪第十二話≫ No.16
「お屋形様、これは先代様が亡くなる前にお屋形様の元服のお祝いに準備していた品でございます。」久衛門から太刀を手に取り、袋から出した。「造作は山城の国の刀工信国に師事した三条の鍛冶職人安国の技でございます。先代様が2年前より頼み置いた名刀。金銭も大分注ぎ込みましたぞ。」と勘定方(財政管理)でもある吉田三左衛門が笑いながら話す。「先代様の形見の品になりましたな・・・」久衛門が寂しそうに添えた。
「城の方はどうだ?変わりはないか?」小太郎が聞いた。「見張りの者を除いて、皆休んでおりまする。」「やはり安堵したのですな。」と久衛門の言葉に三左衛門もすかさず答えた。「それにしても本日の戦仕様畏れ入りましたな。若、いやお屋形様、何時,何処であのような戦法を編出したのか?初陣とは思えぬお働きでござった。」後ろで控えていた寅之助が少し声を高めて自慢した。
「小太郎様と我らは子供の頃より今日この日の為に備えてきもうした。知らぬはお歴々衆のみでございまする。」喜久次も負けじと云う。「我らの戦法は練りに練ったものであって、白根方は手も足も出なかったぞ!」
小太郎が制した。「運が良かったのだ。相手が上手く術中に嵌ったのよ。」「お屋形様は戦の怖さが少し判られた様でありまするな。」久衛門は嬉しそうに呟いた。「それにしても、勝利の報を聞いた折の横山様の唖然としたあの髭面、今も目に浮かび申す!」「これっ、三左衛門、」と久衛門が制したが一同どっと噴き出して笑いが止まらなかった。
暫し雑談をして二人は帰って行った。小太郎はひとり授けられた太刀を持って、仏間に入り父の戒名に目をやった。母の位牌も少し奥に安置してあった。じっと見つめていると腹の底から込上げてくるものがあり、もうどう仕様もなく涙を流した。堪えて、貯めていたものが堰を切って溢れ出したのである。自分でも身の置き所が無い程であった。父を思い、母を思い、また今日起こった一連の仕業の無事を感じて泣くに泣いた。誰にも見せられぬ姿であった。
≪第十三話≫ No.17
仏壇の下に黒染めの手箱が置いてある。今までもあったのだろう、心を定める時が無かったので眼にも止めなかった。ふと開けてみるとそこに二通の手紙が入っていた。涙を拭きながら封を開くと父と母のそれであった。
『 小太郎殿
この手紙を開ける時が来たのなら、わが身は既に他界していると思われる。
お前には寂しい思いを多くさせたであろう。
嫡子 俊正が死に家督はそちが受継ぐであろうが、わしの命はもう長くない。弱きこの父を赦して欲しい。
戦乱の世をお前達が生き抜くのは容易い事ではない。最後に頼れるものは、血を分けた兄弟と命を惜しまぬ家臣のみである。
わしが残せなかった礎を兄弟で力を合わせ、我が家を興してくれ。時がくれば、久衛門より稲島家の秘伝を受かるが良い。
父も母もお前達を常に見守っておるぞ。
父より 』
『 喜久次殿
早く逝く母を赦しておくれ。父上も私もお前様達を胸の芯から愛でています。お前は少し辛抱のない所がありますから、短気を起こさずに兄上に従いなさい。親が居なくともお前達には、私達の熱い血潮が流れているので、どんな浮世の冷たい雨風も越えて行けます。自分を大切に思い、兄上と共に稲島家を栄させておくれ。
いつもお前様達を見守っております。
母より 』
読み終えて、父母の願いと心情が胸に刺さり止め処となく、又涙が溢れた。また父母を失った悲しみと底派かとない孤独感を深まらせていた。その夜は一睡もせずに、夜を明かしたのだ。