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ク☆レ☆ゲー  作者: アイ田アイ


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2/10

2話 単一法則の簒奪者(ワン・トリック・ファントム)

「フック設定」――それは、クレーンゲームにおいて最も運の要素が強いとされる極悪システムの一つだ。



 アームの先についたS字フックは、移動の反動で振り子のように揺れる。

 その揺れを予測し、下にあるプラスチックの網目にピンポイントで引っ掛ける。

 常人ならば「タイミングの運ゲー」と吐き捨てて散財するだけの代物だ。



 だが、空腹で研ぎ澄まされた俺の眼【絶対物理領域《ラプラス・アイ》】の前では、すべてがスローモーションで可視化されていた。



 右手でジョイスティックを握る。


 狙うは、網目の中心から三番目。

 あそこを引っ張ればカップ麺タワーの土台が崩れ、大雪崩が起きる。



「……風を読むな。法則《ルール》を読め」


 誰にも聞こえない声で呟きながら、スティックを右へ、そして奥へと弾く。


 ウィーン、という安っぽいモーター音と共にアームが移動し、狙った座標の上でピタリと停止した。



 フックが揺れている。


 右、左、右。


 周期はおよそ1.2秒。

 空気抵抗とアームの振動を補正し、最適解となる降下タイミングを導き出す。



「そこだ……ッ!」


 降下ボタンをターンッ!

 と無駄にスタイリッシュに叩き込む。


 アームが下がり、揺れていたS字フックが、俺の計算(という名の筋記憶)通りにプラスチック網の三番目の穴へスポリと入り込んだ。



 ガガガガッ!


 アームが上昇し、網を強引に引き上げる。


 土台を失った黄金のパッケージたちが、重力に従って次々と落下口へと雪崩れ込んでいく。

 ドスッ、ボスッ、という鈍い音が、俺の耳には天使のファンファーレに聞こえた。



「……ミッション・コンプリート」


 前髪を軽くかき上げ、冷たい目で取り出し口を見下ろす。


(よっしゃああああっ!

  これで三日、いや四日は生き延びられるぞ……ッ!

 )


 内心では歓喜の舞を踊りながら、俺は無表情のまま戦利品をエコバッグに詰め込んだ。

 完璧な仕事だった。



 これで俺は誰とも関わることなく、また暗い下宿でカロリーを摂取する孤独な生活に戻る――はずだった。



「あのっ……!」


 不意に、背後から声をかけられた。


 振り返ると、そこにいたのは一人の女子大生だった。


 ゆるふわなブラウンの髪に、明らかに仕送りの額が違うと分かる仕立ての良い秋物コート。

 俺のような陰キャ理系とは絶対に関わらないであろう、芸術学部あたりの華やかな人種だ。



 そんな彼女が今、獲物を仕留めたばかりの俺を、まるで神様でも見るかのようなキラキラとした瞳で見つめている。



「す、すごいです……!  私、ずっと見てました!」


「……何がだ?」


 俺は極力低い声で、警戒心丸出しの返事をした。


 まさか、不正行為だのと因縁をつけられるのか?

  俺は正当な物理法則に従ってカップ麺を落としただけだぞ。



 しかし、彼女の口から飛び出したのは予想外の言葉だった。



「あの揺れるフックを完全に制御するなんて……!  まるで重力と慣性を支配しているみたいでした!  あなた、もしかして……伝説の『鷲《イーグル》』の方ですか!?」


……は?


 わし?

  イーグル?

  鳥?



「あの神の如き手口……お願いです!  私がスポンサーになりますから、あの台を攻略してほしいんです!」


 彼女――紬《つむぎ》と名乗ったそのお嬢様は、興奮気味に俺の手をガシッと握りしめてきた。



 どうやらこの女、俺がただ「飢えを凌ぐためにフックの周期を暗記しただけの特化型素人」だということに全く気づいていないらしい。

 それどころか、俺のことを、すべてを計算し尽くす凄腕のゲーマーだと盛大に勘違いしている。



「断る。俺にメリットがない」


 俺は冷たく言い放ち、手を振り払い、背を向けて歩き出そうとした。


 他人のクレーンゲームを手伝って、俺のカロリーが一つでも増えるのか?

  否、時間の無駄だ。



 しかし、彼女の次の言葉が俺の足を完全に縫い留めた。



「お、お願いします!  プレイ資金はこちらで全部出します!  それに、もし獲ってくれたら……報酬として、今月の食費を援助しますから……ッ!」


「……契約成立だ」


 俺は振り返り、即答していた。


 氷の数式で構築された俺のプライドは、他人の金で食う飯という圧倒的な質量の前に、開始数分であっさりと崩れ去ったのだった。



 さあ、カロリーを懸けた聖戦の始まりだ。



読んでいただきありがとうございます♪


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