2話
数年前ー
私は一人、この部屋にいる。誰も来ないいつもの景色。
外を見ている。
昨日と変わらない退屈な時間。
私なんて生まれてこなければ良かった。
でも、あの人に逢えた。
それからはその事は考えなくなった。
外に出ると金木犀の花の香りがする。その日は空が高く秋の訪れを思わせる微かに冷気が心地良い快晴の朝だった。
今日は寄合で齢五歳の少年は両親と一緒にに父方の実家に赴いていた。
少年は初めて見る大きな邸宅に目を輝かせていた。
最初は通された大広間で昼食を取り、普段はあまり口にしない料理に喜んでいたが宴が進むにつれ子供には退屈な物になっていた。
好奇心からか。大人達の隙を見て少年は一人で宴の席を抜け出していた。
庭に出て初めて見る植物や池で泳ぐ魚を観察した。
何気ない風景。
それでも少年には興味をそそる物だった。
ふと邸宅の方に目を向けた。
いくつもの窓の一つ。二階の角の部屋。
そこに人影が有るのに気づいた。
その人物は外を眺めている。
目が合った。その人物は幼い少女だった。
少女は少年を見留めるとはにかむように微笑むのが解った。
そして少年は少女の方へ足を進めた。
会話できる距離。その少女は今にも消えて無くなりそうな位、儚げでそして可憐だった。少年はその姿に目を奪われた。
いつの間にか少女に語りかけていた。
「どうしたの?。ご飯食べないの?。大きな部屋に沢山美味しいのがあったよ?」
挨拶も無い。初対面の少女にそんな事を聞くのは子供だったからか。
少女は少し悲しそうな顔で少年をみた。
「お昼食べたよ」
それが返答だった。
「そうなの?。どうしてそこにいるの?」
また少女は悲しそうな顔をした。少年はなぜその少女が悲しそうな顔をするのか気になった。
「病気なの。おとなしくしないといけないの」
その言葉に輝は幼いながらに自分が不用意だった事に気づく。
「寂しくない?そこにいると退屈でしょ。ちょっと待ってて!」
少年は邸宅の入り口に向かって走り出した。
「あ」
少女は制止しようとしたが間に合わなかった。
少しして、子供の足音が部屋に近づいて来るのが解った。
そして部屋の扉が開く。
そこには笑顔の輝が居た。
「駄目だよ。私病気だからみんなと会っちゃいけないって」
少女は窓際の寝台に上半身を起した格好で俯いていた。
その言葉にも輝は気にした様子はない。そのまま俯く少女の側に進んだ。
「退屈でしょ。僕が遊んであげる」
「いいの?。ここから出たらだめなんだよ?」
「だったらここで遊ぼ。あ、そうだ僕は輝、四条輝、五歳だよ」
「私は真月。四条真月、四歳」
「じゃあ僕がお兄ちゃんだね」
「お兄ちゃん?」
「そう。お兄ちゃん」
「お兄ちゃん・・・えへへ。お兄ちゃん!」
嬉しそうに少女は微笑む。それが二人の出会いだった。
それから二人は他愛の無い話とその部屋にあるぬいぐるみなどの玩具で遊び時を過ごした。
その間、二人の表情は笑顔だった。
楽しいのか。面白いのか。第三者が見てもそれ程のものとは思えないだろう。
でも二人にはお互いを見留めた瞬間からそれを超えた感情があった。それが何なのかはまだわからない。
それは解る日はいつか来るだろうから。
時間が経ち、大人達が輝を探している声が聞こえてきた。
「あ、お父さん達が探してる。行かなきゃ」
その言葉に真月は寂しそうな顔をする。
「お兄ちゃん・・・帰っちゃうの?」
「・・・帰りたくない。でも帰らないと」
輝は真月の頭をそっと撫でた。
そこで部屋の扉が開く。
「・・・輝!?。ここに居たのか?。心配したぞ」
入ってきたのは輝の父親だった。
輝と真月は無言で父親をみた。
「真月ちゃんは病気なんだ。おやすみしないといけないから帰るぞ。真月ちゃん、調子は悪くないかい?」
「だいじょうぶ」
「なら良かった。ほら輝いくぞ」
「・・・うん。また来るよ真月ちゃん」
真月はそれを聞いて悲しそうな顔をしたと思ったら、急に泣き出した。
「・・・っ、えっ・・えっ・・・え~ん!。え~~~~ん!」
ぽろぽろとその可愛らしい瞳から涙がこぼれる。さすがにコレには輝の父親も慌て出す。輝も真月の頭を撫でながらあやそうとしたが止まらない。
鳴き声が、邸宅に響く。
それを聞いた真月の父親、暁が駆けつけてきた。そして真月を抱き上げる。
「真月!どうした!?。光、なにがあった!」
「いや・・・、輝を連れて帰ろうとしたらこうなった」
真月は父親にしがみついたまま泣き叫ぶ。
「お・兄・・ちゃん・・が・・・。お兄・・ちゃんが、帰っちゃう・・・よ~!。え~~~ん!」
「・・・・よしよ~し。大丈夫だぞ。輝君はまたすぐ来るぞ。心配しなくても大丈夫だぞ」
真月はおとなしくて良い子だった。こんなに泣き叫んで駄々をこねるような事は一度も無かった。真月が泣き疲れ眠るまでそのやり取りは続けられた。
やっと真月が泣き止み、輝達が帰る時。
「兄貴、真月ちゃんに寂しい思いさせて無かったか?」
「そうかもな。こんなに泣いたのは初めてだった。それにしても輝君は気に入られたな」
「姉さんの事は残念だった。でも真月ちゃんの事も考えてやれよ」
「そうだな・・・俺が十分にかまってやれなかったのが悪かったのかもしれん」
「まあ、俺もこっちに帰ってきたし出来るだけ輝を連れてくるようにするよ」
「すまんな。頼む」
この時に曉は考えた。真月は良い子でわがままを言わない子だった。だからこれまで何もしなかった。真月の母親は真月が生まれて間もなくこの世を去った。今日の事で真月にも家族が必要だと感じた。
だが、真月を思ってこの決断が後に真月を苦しめる事になるとはこの時は誰にも解らなかった。
読んでもらえてありがとうございました。




