第4話 相棒の横顔
「驚かせてしまって申し訳ありませんでした。お手をどうぞ?」
上体をかがめてそう言うフェリクスの手を借りると、彼のゆるやかな仕草とは裏腹に力強く腕を引き上げられる。
(あっぶねー……女かと思ったなんて、口がさけても言えねー)
フェリクスの中性的な声色と端正な顔立ちに、てっきり彼が女性だと思い込んでいた自分が恥ずかしい。
ゆったりとしたローブのシルエットに隠れた体躯の良さを握った手から感じて、ゼルは人知れず苦笑する。
「ありがとう。助かったよ」
「いえいえ。もとはと言えばこちらが先に仕掛けたのですから。お怪我はございませんか?」
フェリクスの言葉に、ゼルは短く返事をする。
「正直驚きはしたけどな。こいつを抜く余裕もなかった」
自嘲ぎみに笑って、ゼルは腰に携えた剣のポンメルに手を添える。
(勘が鈍ってきてんなー。鍛え直さねーと……)
まさか自分よりも年下の、小柄な少年から不意打ちの攻撃を仕掛けられるとは思ってもいなかった。
咄嗟の判断で攻撃はかわすことができたものの、少年がゼルを殺すつもりでいたらどうなっていたか。
「ごあいさつが遅れました。わたしはフェリクス・バルバートルです。以後お見知りおきを」
わずかに上体を倒したフェリクスに、ゼルも彼に倣おうとする。
しかし上げられたフェリクスの表情にかすかな違和感を感じ、彼はピタリと動きを止めた。
「あんた、目が……?」
優しい笑みを浮かべるフェリクスの瞳は、光を映してはいなかった。灰色の視界には、なにも捉えられてはいない。
「ああ、昔ちょっと、いろいろとありまして」
フェリクスが、困ったように眉を下げる。
歯切れ悪く「そっ、か……悪い……」と返したゼルは、気を取り直して居住まいを正した。
「俺はゼル・クロードだ。よろしく」
凛と背すじを伸ばしてそう笑みを見せたゼルに、フェリクスもまた微笑みを返す。
するとフェリクスは、あさっての方向を向いたままの少年の背中に視線をやった。
「アル?」
フェリクスが少年の名を呼ぶ。
彼の言わんとすることを察しているのか否か。少年はふてくされたようにそっぽを向いたまま。
「あなたの番ですよ?」
「…………」
「……アル?」
フェリクスの呼びかけに、少年は口を閉ざしたまま動かない。
無言の抵抗を貫く少年に対して、フェリクスの穏やかな声色がだんだんと語気を強めていく。
「…………」
「不満がおありなら、わたしがお相手しましょうか?」
にこやかなフェリクスの表情とは裏腹にトーンダウンしていく響きにようやく観念したのか、少年の口から小さな音が漏れた。
「…………る」
「え……?」
小さなつぶやきを聞き逃すまいと耳を澄ませば、少年がくるりとゼルに向き直る。
「アル……アル・グレイだ」
「アル、よろしくな」
ゼルが握手を求めた手を、彼は素直に握り返した。男にしては小さくしなやかな指先だった。
「わ、悪かったな……」
ばつが悪そうにそそくさと手を離したアルが、なんとも気まずそうにそうつぶやく。伏し目がちな視線が床を左右に泳いでいた。
(急に襲ってくるからどんなやつかと思ったけど、案外かわいいとこもあるじゃん)
ゼルはにかっと笑うと、彼の頭をわしゃわしゃとなでた。絹糸のようになめらかな赤色の髪が、細さのせいか少しばかり絡み合う。
「ま、こっそりつけた俺も悪いしな。これでおあいこだ」
「な、なんだよそれ……」
絡まった髪をなでつけながら、アルは気恥ずかしそうに視線をそらして唇をとがらせた。
その視線がふと、ゼルの腰にぶら下がる大剣へと向けられる。
「なあ、その剣……」
「これか? 俺の相棒だ」
そう言って目を弓なりにしたゼルを、アルは黙って見つめていた。
よく手入れされた剣の存在感に目を奪われる。鞘に刻まれた紋章のかすれ具合が、彼がそれを愛用している年月の長さを物語っているようだった。
「俺の剣がどうかしたか?」
「…………」
「アル?」
「……その、さ」
沈黙のあと、アルはおもむろに口をひらいた。言い淀むように、視線はあてもなく宙をさまよっている。
「もしもだな、もしも、お前さえよかったら」
地面を泳いでいた視線がぴたりと止まる。
ゆっくりと顔を上げた少年の瞳が、まっすぐにゼルを射抜いていた。




