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亡国のアルメリア 〜祖国を失い放浪してたら男装ヒロインと旅することになりました〜  作者: 志築いろは


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第1話 地下都市の放浪者

「あ~……なんか俺、迷ったっぽくね?」


 ゼル・クロードは、誰に問いかけるでもなくそう口にした。それは吐き出した紫煙とともに消えていく。


 見上げた先に空はない。あるのは地面からアーチ状に伸びる、レンガ造りの高い天井だけ。

 もとは貯蔵用、避難用シェルターとして設けられていた地下空間は、王国の人々の手によって今は地下都市として機能していた。

 戦後、地上を跋扈(ばっこ)する帝国兵の目から(のが)れるように、王国の人々は地下での生活を選んだのである。


 この地下都市の存在を、帝国が把握していないはずがない。

 だがこれまでに、帝国の兵士がこの地下都市へと下りてきたことは一度もなかった。地上へとつながる鉄格子のフェンスが閉鎖されることもなく、出入りを制限されることもない。


(まあ、暴動を起こされるよりマシ、ってところだろーな)


 廃材等を利用して建てられた長屋のような家屋からは明かりが漏れ、女性たちは店先に並ぶ食材を前に、今夜の夕食の献立に頭を悩ませていた。

 町の中央に作られた小さな広場では、子どもたちの元気にはしゃぐ声がこだましている。

 どこから引いてきたのか、広場には小さな噴水もあるらしい。清らかな水のせせらぎが、優しく鼓膜を揺らしていた。


「…………」


 ゼルは一度立ち止まると、ゆっくりと辺りを見回した。

 ついさっき道をたずねたばかりの野菜売りの露店の店主と目が合う。気まずいことこの上ない。

 互いに愛想笑いを浮かべはしたが、居心地の悪さにゼルはそそくさとその場をあとにした。


「やっべー、絶対に迷ってるわー」


 なかば諦めにも似た苦笑いを浮かべながら、ゼルは躊躇なく歩を進める。

 入り組んだ迷路のような道と似たような風景が、彼の方向感覚を完全に狂わせてしまったらしい。

 もはや自分が町のどの辺りにいるのかさえもわからなくなってしまった。どうにも同じ場所をぐるぐると回っている気がしてならない。


「どーすっかねぇ……」


 迷ったときはその場から動かず迎えを待つのが鉄則ではあるが、捜してくれる連れのいないゼルにとってはそうも言っていられない。

 だからといって当てずっぽうに歩くのもよくないらしい。結果的に、気づけば見たこともない場所に出てしまった。


 先ほどのまでのにぎやかな雰囲気が嘘のように、辺りはしん……と静まり返っている。

 乱雑に積み重ねられた物資輸送用のコンテナが、灰色のほこりを(かぶ)ったままそこらじゅうに転がっていた。

 薄暗い空間にひとけはなく、なんとも寂しげな雰囲気が漂っている。


「どこだここ……行き止まり?」


 地下都市の端にあたるのだろうか。

 一見、その先に道は見当たらない。

 錆びついて劣化した格子状のフェンスが、コンテナの山の奥で中途半端にひらかれているだけだった。


「あー……まじで迷子……とりあえず戻るか」


 楽観的な苦笑いを浮かべたまま、ゼルは来た道を引き返そうときびすを返した。

 無事に地上に出られるのかさえ疑問だったが、いつまでもこのつきあたりにいるよりはマシだろう。


「せめて人がいるところに出たいもんだな」


 くわえていたタバコの火を消し、ゼルは気を取り直してのんびりと足を踏み出した。


 ところが、突如として感じた気配に彼は反射的に身を隠す。

 壁を背にして息をひそめ、ゼルは慎重に辺りをうかがった。


「…………」


 視線だけを(のぞ)かせた壁越しに見えたのは、相変わらず寂しげな薄暗い空間だけ。

 自身の呼吸音ですら響きそうなほどの静寂の中、自然と背すじに緊張が走る。


(……地下都市の住人か……?)


 それにしては、大して足音も響かせずに近づいてくる気配に違和感を覚えた。


「…………は? 子ども……?」


 ほどなくして現れたのは、深いダークレッドのショートヘアをした小柄な人物だった。黒地のロングコートの裾がふわりと(ひるがえ)る。

 その腰元には、東方の島国が由来とされる片刃の剣が携えられていた。


 子ども、というには大人びた、しかしまだあどけなさの残る少年は、辺りを注意深くうかがう。そうしてゆっくりと、錆びついたフェンスに手をかけた。

 金属の軋む音が、静かすぎる空間に不気味に響き渡る。


「っ!? ……まだ、先があるのか……?」


 てっきり行き止まりだと思っていた空間から、少年はこつぜんと姿を消した。否、その先につながっているであろうコンテナの山の向こう側へと、躊躇なく進んでいったのである。


 もしかしたら、そこから地上に出られるかもしれない。周囲を警戒していた少年のそぶりを見るに、その可能性は捨てきれなかった。

 ゼルは見知らぬ少年のあとを追うべく駆け出した。

 無造作に散らばるコンテナをよけ、少年の消えたフェンスの向こう側へと足を踏み入れる。


「っ!? ……これはまあ、なんというか……」


 しかし彼を出迎えたのは、地上へと続く上り階段でも、降り(そそ)ぐ太陽の光でもなかった。




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