序幕 回顧録
かつて、その大陸の東側に三つの国が存在していた。
海岸線に面した広大な領土を有する『聖シュナル王国』。
緑豊かな肥沃な国土の『ランディス王国』。
隣接する両国は平和主義を掲げ、友好同盟のもと長きにわたり円満な外交関係を築いていた。
無益な争いを好まず、国土防衛のための軍事力は最小限。有事の際は両国が手を取り合うことを誓っている。
平時は実におだやかな、それこそ平和を絵に描いたような国風は、両国を率いる君主の人柄ゆえだろう。
一方、その両国と隣り合わせにあったのが、軍事国家『アルカデルト帝国』であった。
三国の中でも突出した国土面積を誇るにもかかわらず、そのほとんどを砂漠に覆われたその国は、年々他国との対立を深めていた。
だが、平和主義国間で交わされた友好同盟のおかげで、三国は長年に渡り大戦に見舞われることはなかったのである。
世界の均衡は、このまま保たれるはずだった。
大陸歴四一九年、軍事国家アルカデルト帝国による宣戦布告。
幾年月をかけて秘密裏に増強された圧倒的な軍事力を前に、突如として三国の均衡が音を立てて崩れていく。
東部平定を名目に、帝国はついに領土略奪のための侵攻を開始したのである。
同盟条約の名のもとに、聖シュナル王国とランディス王国の連合軍は国土防衛のため応戦。
しかし連合軍の決死の抵抗もむなしく、大陸歴四二二年、ランディス城陥落。
王国は滅亡の一途をたどることになる。
ほどなくして大陸歴四二三年、聖シュナル王国は降伏宣言を受諾。
アルカデルト帝国に占領、統合されることとなった。
あれから七年あまり。大陸東部の大部分は帝国の監視下に置かれ、各地で帝国兵の姿を目にすることが当たり前となっていた。
かつてのランディス王国国境に位置する深い森は魔物の棲みかとなり、手に余った帝国はそれを放棄。
大戦の傷あともそのままに、旧ランディス王国領はいつしか『死都』とよばれるようになる。
今となっては、人の寄りつかない無法地帯と化してしまっていた。
一方、降伏宣言を受け入れた聖シュナル王国は、統合とは名ばかりの一方的な支配下に置かれていた。
降伏直後、帝国側から発表された女王とその娘である王女の死亡という報せは、慣れぬ大戦に疲弊しきっていた人々の精神をさらに追い詰めた。
大戦が終わってもなお、各地で小さな紛争が起こったが、旧王国民の帝国に対する反発は圧倒的な軍事力の前にことごとく潰される。
誰もが希望を失い、それでもなんとかして生きるために築き上げた地下都市で小さな幸福を見出し始めていたときである。
まことしやかに伝聞されるうわさは大きな波紋を呼び、瞬く間に各地へと広まっていった。
――ティルミノーマ大陸叙事詩第二○六七篇十二章




