第58話 神話の最後の一行――銀の杖が眠る場所
新世界が再編されてから、幾千年の時が流れました。かつて「死の澱み」に怯えていた国々は、今や「始まりの聖域」を中心に、命の始まりと終わりを等しく慈しむ調和の時代を謳歌しています。大陸の各地には、葬儀屋・結城 終が訪れた場所ごとに「ひだまりの郷」や「銀狼の里」といった神話的な土地が残り、それらは人々にとって、魂が還るべき場所の道標となっていました。
結城 終は、かつて異世界に降り立った時と同じ、二十歳の瑞々しい肉体のまま、聖域の最深部にある「黄金の若木」へと辿り着きました。しかし、その瞳に宿る一〇二年の智慧は、今や数千年の銀河を飲み込んだかのような、計り知れない深淵を湛えています。
「……おやおや。ようやく、私の仕事も一区切りついたようですね。案内役さん」
終の肩に止まった黄金の小鳥は、役目を終えた安堵からか、小さく囀り、やがて一筋の魔力の光となって彼の銀の杖へと吸い込まれていきました。終は杖を強く握りしめ、かつて自らが見送ってきた数多の魂たちの面影を、若木の葉のざわめきの中に聞き取っていました。ラウル、ミーナ、アルバン、銀狼……。彼らが綴った「最後の一行」が、今のこの美しい世界の土壌となっている。葬儀屋として、これほど誇らしい仕事はありませんでした。
終は静かに外套を脱ぎ、若木の根元に横たえました。それは一〇二年の人生と、数千年の異世界での歩みを終えるための、自らへの「引導」でした。
終が銀の杖を大地に突き立てると、聖域全体がかつてないほど穏やかな黄金の光に包まれました。
『真・聖域展開:永遠なる調和の神話』
それは特定の誰かを送るための儀式ではなく、新世界そのものを「死を恐れぬ安らぎの理」として永久に固定するための、最終奥義でした。終が持つ「一〇二年の智慧」は、光の文字となって大気中に溶け出し、新世界の歴史そのものを書き換えていきました。
人々は眠りの中で、一人の葬儀屋の夢を見ました。黒い外套を翻し、どんな絶望の中にも「安らぎ」を見出してきた青年の物語。その夢は、人々の魂に刻まれる「共通の神話」となり、たとえ肉体が滅びても、その魂は決して孤独ではないことを証明する絆となりました。
「死とは、本を閉じることではありません。……読み終えた物語を、誰かの心という書棚に預け、新しい一冊を書き始めるための『栞』なのです」
終が最後に紡いだ言葉は、風に乗って大陸中へと広がり、生まれたばかりの赤子の泣き声の中に、そして老いた賢者の穏やかな呼吸の中に溶け込んでいきました。彼の智慧は、もはや一人の男の所有物ではなく、世界という巨大な物語を支える、最も優しく、最も強固な背表紙となったのです。
終の身体は、次第に透明な光へと透き通っていきました。二十歳の若さと一〇二年の心が、ついに矛盾することなく一つに溶け合い、彼は自らが作り上げた完璧な葬儀の式場――この世界そのものへと還っていきました。
翌朝、聖域を訪れた巡礼者たちは、黄金の若木の根元に、一本の「銀の杖」が静かに突き立てられているのを見つけました。杖の周囲には、季節を問わず純白の睡蓮が咲き誇り、そこだけは冬の寒さも死の恐怖も届かぬ、永遠の「ひだまり」となっていました。
杖には、誰の筆跡とも知れぬ、しかし一〇二年の年輪を感じさせる力強い文字で、神話の最後の一行が刻まれていました。
『――ここに、最高の物語を全うした者たちの安らぎを。そして、次に続く者たちの勇気を』
その杖は、いつしか「引導の聖杖」と呼ばれ、世界に歪みが生じた時に、再び「二十歳の葬儀屋」を呼び寄せるための依り代になると伝えられるようになりました。
結城 終という葬儀屋の物語は、ここで一旦の幕を閉じます。
しかし、彼が遺した智慧は、新世界の土を耕し、風を運び、雨となって命を潤し続けています。
人々が誰かの最期を看取る時、ふと感じる温かなひだまり。
それは、かつて一〇二年の智慧を持ってこの世界を救った葬儀屋が、今もなお、見えないところで「最後の一行」を整えてくれている証なのです。
二十歳の肉体、一〇二年の智慧。
その魂は今、新世界の永遠なる安らぎとして、燦然たる光の中に眠っています。
――百二歳で大往生した葬儀屋、異世界で亜神として二度目の人生を始める〜最強葬儀屋、銀の杖で世界を安らぎの葬送に染め上げる〜・完――
ここまでお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
いろいろ書きたいエピソードはあったのですが、うまく文章としてまとまらず悪戦苦闘の日々でしたが、
最終的にはボツになりました。
しかしながら完結には持っていきたかったので、無事完結できてうれしく思います。
また、どこかで見かけましたら、読んでいただけると喜びます。主に私が。ではまたどこかで!




