世界に捧ぐ、最後の一礼
「……葬儀屋よ。……お前の目に映る私は、美しく幕を閉じられるだろうか。……次の世界へ、何も穢さずに還れるだろうか」
世界の意志が、一人の老婦人のような、あるいは幼子のような、透き通った声で問いかけた。
終は、かつて現世で家族に見守られながら旅立った自分自身を思い出し、これ以上ないほど穏やかな微笑を浮かべた。
「ええ。約束しましょう。これほど美しい世界を、私は他に知りません。あなたの最後の一行は、私という、一〇二年生きたこの世で最も贅沢な葬儀屋が、責任を持って綴ります」
終は銀の杖を天に掲げ、これまでの旅路で得たすべての奇跡を一つに束ねた。
『具現化の儀:神聖なる終焉の葬列』
境界の断崖が、瞬時に純白の睡蓮の花海へと変わった。虚無の海は黄金の光に満たされ、終焉の門は「次代への凱旋門」へとその姿を変える。
終は、かつての現世で最も格式高い葬儀の際にだけ用いた、最高の礼法で、世界という名の霊柩に手を触れた。
「これより、旧き世界、ならびにすべての因果の解脱式を執り行います。……参列者は、これから生まれる無数の命たち。……お疲れ様でした。あなたという奇跡に、最大の敬意と感謝を捧げます」
終が鎮魂の調べを奏でると、巨大な終焉の門がゆっくりと、しかし確実に開いた。
世界という時そのものが光の粒子となり、門の向こう側へと吸い込まれていく。それは滅亡ではなく、大いなる循環の始まりであった。
境界の彼方から、新しく生まれる世界の産声が聞こえてくる。終は、その光の奔流を見送りながら、静かに、そして深く腰を折って最後の一礼を捧げた。
「……さようなら。……私の、愛した世界」
光が消え、新しい世界が産声を上げた後。
そこには、境界の断崖も、終焉の門も、そして結城 終の姿もなかった。
ただ、新しく生まれた豊かな大地の中央に、一振りの銀の杖が、一本の若木を支えるようにして立っていた。杖の傍らには、漆黒の外套が綺麗に折り畳まれ、その上には一〇二年の知恵を記した古い帳面と、小さな数珠が置かれていた。
案内役の光の玉は、小さな一羽の小鳥に姿を変え、その杖の頭に止まって囀った。
『終、君は最後まで葬儀屋だったね。……でも、見て。君が蒔いた種が、こんなに鮮やかな花を咲かせているよ』
新世界の住人たちは、いつしかその場所を「始まりの聖域」と呼ぶようになった。
何かに悩み、行き詰まった者がその場所を訪れると、どこからか銀の杖が床を打つような、規則正しくも優しい音が聞こえてくるという。そして、不思議と心が軽くなり、人生の最後の一行までを懸命に生き抜く勇気が湧いてくるのだと。
結城 終。一〇二歳で大往生し、異世界を弔った葬儀屋。
彼がひとときの眠りに消えても、彼が遺した「死への安らぎ」と「生への敬意」は、新しい世界の理として永遠に語り継がれていく。
空は晴れ渡り、新しい太陽が地平線から顔を出した。
それは、かつて彼が見守ったどんな夜明けよりも、眩しく、希望に満ちていた。




