境界の断崖と最後の式場
聖樹の森に新しい命の芽吹きを遺し、結城 終が辿り着いたのは、世界の最果て――天と地が溶け合い、虚無の海が広がる「境界の断崖」であった。そこは、この世界で役目を終えたあらゆる事象が、忘却の彼方へと消え去る場所である。
案内役の光の玉は、今やかつてないほど巨大な光の輪となり、断崖の先に立つ、星々をも飲み込むほど巨大な「終焉の門」を指し示していた。
「……ようやく、見えてきましたね。私自身の、そしてこの世界の『最後の一行』を書き記すべき場所が」
終は鞄から、かつての現世で自分自身の生前葬の準備として仕立てていた、家紋すら排した漆黒の正装を取り出した。一〇二年の人生で数え切れないほどの遺族を慰め、異世界では神や龍の魂を導いてきた。その旅路の果てに待っていたのは、他でもない、この世界そのものを看取るという大役であった。
断崖の周囲には、これまで終が弔ってきた者たちの残響が漂っている。ヴィンスの邸宅に咲いた白百合の香り、アルビオンが遺した霊峰の冷気、ハザム将軍が愛した砂漠の星空。それらすべてが、終の歩みに合わせて光の粒子となり、彼の足元に黄金の絨毯を敷き詰めていく。
案内役の光の玉が、震える声で告げた。
『終、見て。あの門の向こう側で、世界の「終わりの意志」が目覚めようとしている。それは、世界が自分自身の死を恐れるあまり、すべてを虚無に還して、新しく生まれるはずの命さえも拒もうとする衝動なんだ。君がここで行うのは、個人でも精霊でもない、世界という名の「神格」の葬儀だよ』
終は銀の杖を深く岩盤に突き立て、境界の風に黒い外套をなびかせた。その二十歳の瞳に宿る、一〇二年の達観は、もはや神々のそれを凌駕する静謐さを湛えていた。
「……世界という大いなる母さえも、自らの最期には怯えるのですね。いいですよ。私が、最高に贅沢で、誇り高い幕引きを演出しましょう」
終は鞄から、これまでの旅で集めたすべての遺品――銀の天秤、白銀の宝珠、人魚の数珠、聖樹の種子を取り出した。それらは終の意志に呼応し、彼の周囲に巨大な「魂の祭壇」を形作っていった。




