第10話:義手のキス
その日の午後、二人はいつものように料理をしていた。春野菜のパイ。皮はカイルが生地から手ごねで作り、具材はライアが刻んで準備する。
「切る手つき、どんどん良くなってきましたね」
「当然だ。何度君に指摘されたと思っている」
そう言ってライアはわずかに唇を上げた。
焼き上がるまでの間、カイルは道具を片付けていたが、ふと、テーブルの上に置かれた義手に目を留めた。ライアの右手だ。料理中は付けていないことが多い。
彼はそれをそっと両手で持ち上げた。
「触れてもいい?」
ライアは目を細める。
「もう触れている」
「そうだった」
小さく笑ってから、彼は義手に唇を寄せた。その行動に、ライアは驚いて言葉を失う。
「この手が、僕を助けてくれた。僕に料理を教えてくれた。そして・・・僕の心を守ってくれた。大好きだ」
カイルが義手にキスを落としたその瞬間、ライアの中に何かが溶けるように崩れていった。痛みも、誇りも、過去も、そのすべてを抱きしめてくれたカイルの真心が、確かにそこにあった。
「ありがとう、カイル・・・嬉しい」
それは、ライアが初めて彼に告げた“感情そのもの”の言葉だった。
春野菜のパイが、オーブンの中で音を立てて焼き上がる。香ばしい香りが満ちる小屋の中で、ふたりは互いの存在を確かめ合うように、ただ静かに手を取り合っていた。