7 追い返された彼女
少し散歩するだけでも汗が吹き出て来る季節になった。気温の変化に体が追いつかず体調を崩し易いので普段なら出掛けたりしない。
今日は先日お世話になった宇佐美さんにお礼がてら先輩と会う約束をした。高級住宅街が並ぶ有名な駅を降りて一人歩いて向かっている最中だ。
先輩は駅まで迎えに来ると言ってくれたけれどそうそう甘えてばかりもいられない。教えてもらった道を覚えてしまえば帰りも気兼ねなく帰って来れる。知らない街を歩くなんてめったに無いことだからそれなりに楽しんでいる。
少し歩いただけなのに背中に汗が張り付く。皮膚が薄くて日光に弱い肌はすぐに赤くなる紫外線対策と長袖服を着る事でいくらか防ぐ事が出来ている。真っ白けで弱っちい自分が小さい時は格好悪くて恥ずかしかった。真っ黒に日焼けして元気に外で遊び回る友達が羨ましくて仕方なかった。何時だって無い物ねだりで我が儘な私はいつになったら大人になれるんだろう。
塀が何処までも続いている。どれだけ広い敷地なんだろう。家の様子を伺うことも出来ない。今日は宇佐美さんに会うのが1番の目的だから裏口から入るべきだろうか。そう考えて裏に回って通用門を探し出す。
スイッチを押すと中から若いお手伝いさんが出てくる。
なんだかすごく迷惑そうな顔をしている。
「何」
「あの、使用人頭の宇佐美さんはいらっしゃいますか」
「だから何よ」
「以前お世話になってお借りした衣装を持って来たんですけど……」
「預かっておくから帰っていいよ。宇佐美さんは忙しいから」
「でも、あの」
「あんたみたいのがウロウロする家じゃないんだよ。じゃあね!」
「……」
……あんたみたいなのって、どんなのだろう。随分な言われようだ。
でもその通りだと思う。
私はただの胡散臭いガキで本当ならこの家に近付く事も許されない。たまたま先輩と同じ学校で生徒会の役員になって知り合いに為っただけ。
現実はシビアだ。
「アイスクリームでも買って帰ろう」
それにしても暑い日だ。歩き出すにも勇気がいる。
先輩に連絡しようにも携帯を忘れて来たので出来ない。
なんだか泣きたくなってきた。
やっぱりちょっとばかりいい気になっていたのかも知れない。
先輩はやさしいからつい甘えて、その事が当たり前になっちゃってたのかも。
中学の時には感じなかった格差と言う物をヒシヒシと感じる。
父親が田舎育ちで同期の都会育ちの人達に引け目を感じる気持ちがなんとなく分った能力はあっても土台が違うせいで安っぽく見える。それは大きなマイナスになるだろう。
もしかしたら父も会社で意地悪な人から言われのない嫌がらせを受けているのかも知れない。それでも愚痴ひとつ溢さず毎日会社に出勤して家族を養っているのか。
家庭をかえりみない人だと思っていたけれどそうじゃないのかも知れない。
これからは、もう少しやさしくしてあげようか。
「おはよう」と「行って来ます」の言葉だけじゃ何も伝わらない。
信号を渡れば目の前が駅だ。要約陽射しから開放されると安堵していたら後ろに体が引っ張られる。
「新…井…さん」
「先輩!」
「はぁ……良かった」
息を切らして言葉にならない位辛そうだ。何時も涼しげな先輩のイメージは何処にも無い。
「ごめんね。誤解があって……待ってたんだよ」
「……追いかけて来てくれたんですか」
「当たり前でしょう。本当、何時も間が悪くて、ごめんね」
「……」
こんなに慌てて汗びっしょりで探しに来てくれた。放り出された迷子の子どもみたいに心細くて不安定な心が堰を切って溢れ出す。
「うっ…ごめんな…さい…うぇ」
「新井さん……」
先輩の匂いに包まれる。
汗の染みたシャツに私の涙と鼻水まで混じってもうグチャグチャだ。それでも涙は止まらず歩道の真ん中で先輩に抱きしめられながらずっと泣き続けた。