2 出会ってしまった彼
今日から新学期が始まる。
相も変わらず御馴染みのメンバーで、幼稚園の頃から知った連中ばかりなので新鮮味もない。
今年度は生徒会長を任命されてしまったので新入生を前に挨拶をしなければならない
面倒だ。
「生徒会長さま! お早う」
悪友の翔が声を掛けて来る。
本当ならこいつが引き受けるべき仕事なのに面倒臭い事はすべて僕に押し付けて高見の見物だ。これが小さい時からずっと続いて今に至る。
やれば出来る子は何時になったらやる気を見せてくれるんだろう。
「副会長はのん気で良いよね」
「馬鹿だね。どうせやるなら会長でないとお前の母ちゃんは納得しないよ。秀は昔から一番って決まってるんだからさ」
よく言うよ。
宇都宮の次男坊に僕なんかが敵うわけ無いのに。年の離れた兄の翼さんは宇都宮家の次期総帥で在学当時から超カリスマの有名人だ。すでにグループの経営に関わっていて後を継ぐ事は間違いないので翔は自由気ままに将来を達観している。
「俺はおまけなんだよ。母親が親父の愛人に当てつける為だけに産んだんだからさ。生まれた時点で俺の役目は終了してるの。後は自由に生きるだけ」
そう言って笑う。翔の複雑な事情は僕にはよく分らないが華麗なる一族には外に出せない様々な葛藤があるのだろう。
一人っ子で両親に可愛がられて育った僕は何の不自由もなくのん気に生きている。特に不満もなく毎日こんな物だろうと考え、与えられたレールの上を進む。そんな日を繰り返してこれからも生きていくんだ。そう思っていた。
---そう、君に出会うまでは。
会場となるホールには前列に新入生、その後方に保護者が並んでいる。それぞれが緊張した面持ちで式の進行を見守っている。新入生代表の挨拶が始ると会場が一瞬ざわつく今年度の主席の成績者が挨拶すると決まっているからだ。
恐らく外部受験者だろう。少し太めの、眼鏡を掛けた女の子が堂々と決意を読み上げる。
学校のステイタスを上げるために成績優秀者は欠かせない。馬鹿な坊ちゃんには寄付を貰い、優秀な生徒には学力を押し上げてもらう。
ギブ&テイクでお互いに助け合っているのだ。
いよいよ自分の番になって壇上に上がり祝辞を述べる。その時ふと1人の女の子が目に留まる。
ストレートの髪をふたつに縛った瞳の大きなその子の視線は、真っ直ぐこちらを捉えて真剣に話を聞いている。
まだあどけなさの残るその頬は赤く色付き熟れた桃の様に瑞々しい。
その目は自分を見ているのだと思うと次第に緊張が体を走り、例え様のない高揚が起こってくる。理由の分らない僕は戸惑い、言葉が上手く続かない。けれど彼女から目を逸らせないのだ。
この感情を何と言うのか僕はその時まだ知らなかった。
それから全校の集会がある度に彼女の姿を探した。
小柄な彼女は回りに埋もれて中々探し出すのが難しい。けれど一度壇上に上がればその瞳は真っ直ぐこちらに向かって来る。
ピンと背筋を伸ばして聞き入る姿をじっと見つめる。僕の声はいつの間にか彼女の為にだけ向けられる。大勢が集まるホールにふたりだけのアイコンタクトを繰り返す。
「好きだよ」そんな言葉が自然に浮んで呟いてみる。
気付く筈も無い彼女。
生徒議会で彼女の姿を確認した時の喜びは今でも忘れない。
「1年1組の議員新井由貴です」
初めて聞くその声も何故か温かく、僕の体全体をやさしさで包んでくれた。
僕は恋に落ちた。