夜の学童と小さなお友達
翌朝。
私はいつものように身支度を整え、森之蝶の街を歩いていた。
昨日は初めて朱海麗学童で一日を過ごした。
玲華さんや小春さん、朔さん。そして、元気いっぱいの子どもたち。
まだ慣れないことも多いけれど、これからどんな毎日が待っているのか、少し楽しみになっていた。
「おはようございます!」
学童の扉を開けると、小春さんが笑顔で迎えてくれた。
「あっ、紅先生! おはようございます!」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「昨日はよく眠れましたか?」
「はい。おかげさまで!」
そんな会話をしていると、奥から玲華先生がやってきた。
「紅先生、おはようございます。今日もよろしくお願いいたしますね」
「玲華先生おはようございます!」
玲華先生はいつもと変わらない、上品で優しい笑顔を浮かべていた。
その日の学童も、朝から子どもたちの声で賑やかだった。
お絵描きをする子、積み木を並べる子、絵本を読んでもらうのを待っている子。
私は子どもたちと一緒に遊びながら、少しずつ名前を覚えていった。
「紅先生、これ見て!」
一人の男の子が、折り紙で作った小さな狐を見せてくれた。
「わあ! とっても上手だね!」
「これ、玲華先生みたいでしょ?」
「ふふっ、本当だね。可愛い狐さん!」
すると、近くにいた女の子が話に加わった。
「玲華先生はね、狐さんと仲良しなんだよ!」
「そうなの?」
「うん! でも、どうして仲良しなのかは秘密!」
女の子は得意げに笑った。
私はその言葉を聞いて、少し不思議に思ったけれど、子どもらしい可愛い冗談なのだろうと思った。
やがて夕方になり、子どもたちが一人ずつ帰っていった。
「紅先生、また明日ね!」
「うん、また明日!」
最後の子どもを見送り、私は遊戯室の片づけを始めた。
そのとき、小春さんが声をかけてきた。
「紅先生、今日は少し残っていかれますか?」
「えっ、何かお仕事でしょうか?」
「ふふっ、実は夜の学童には、昼間とは違うお友達が遊びに来るんですよ」
「夜のお友達ですか?……?」
昨日、子どもたちが話していたことを思い出した。
「もしかして、あの子たちが言っていた……?」
「そうです! 紅先生にも紹介してあげたいなと思って」
私は少し驚きながら、玲華の方を見た。
玲華先生は穏やかに微笑んでいた。
「よろしければ、今夜は一緒に過ごしてみませんか?」
「はい! ぜひお願いします」
夜の学童ってどんな学童なんだろ。ここは夜だけに開くのかと思っていたが、気にはなるところ。
夜の学童。
いったい、どんなお友達が待っているのだろう。
私は少しわくわくしながら、夕食の準備を手伝うことにした。
しばらくすると、外はすっかり暗くなっていた。
窓の向こうには、森之蝶の街を照らす月明かりが広がっている。
そのときだった。
コン、コン。
玄関の扉が、控えめに叩かれた。
「こんばんはー!」
聞こえてきたのは、小さな子どもの声だった。
小春さんが玄関へ向かい、扉を開ける。
すると、そこには見慣れない小さな男の子が立っていた。
頭にはふわふわの耳が二つ。
後ろには、もこもことした尻尾が揺れている。
「おや、今日は早かったですね」
玲華が優しく声をかけた。
「えへへ! 玲華さま、こんばんは!」
男の子は嬉しそうに頭を下げた。
私は思わず目を丸くした。
「えっ……その耳と尻尾は……?」
すると、男の子は不思議そうに首をかしげた。
「ぼく? ぼくは狐のあやかしだよ!」
「あやかし……?」
「うん!」
男の子は元気よく返事をした。
どうやら、子どもたちが話していた夜のお友達とは、この子たちのことらしい。
「紅先生、こちらはコン太くんです」
玲華が紹介してくれた。
「コン太です! よろしくね!」
「こ、こちらこそよろしくね」
私は少し驚きながらも、笑顔で挨拶を返した。
すると、コン太の後ろから、今度は小さな女の子が顔をのぞかせた。
「こんばんは……」
その子には、ふわふわした白い耳と、小さな尻尾がついていた。
「この子はユキちゃんです。少し恥ずかしがり屋なんですよ」
「よ、よろしくお願いします……」
「よろしくね、ユキちゃん」
私が優しく声をかけると、ユキちゃんは小さくうなずいた。
その後も、次々と夜のお友達がやってきた。
小さな狸の男の子、花の髪飾りをつけた猫の女の子、そして羽を持った不思議な小鳥。
みんな、それぞれ違った姿をしていた。
「わあ……こんなにたくさんのお友達がいるんですね」
私が驚いていると、小春さんが笑った。
「みんな、とってもいい子たちなんですよ」
「そうなんですね」
「紅先生、今日はみんなでおやつにしましょうか」
玲華先生がそう言うと、子どもたちは一斉に喜んだ。
「やったー!」
「今日は何のおやつ?」
「クッキーがいい!」
小さな声があちこちから聞こえてくる。
私は小春さんと一緒に、おやつを用意することにした。
テーブルには、焼きたてのクッキーと温かいミルクが並べられた。
コン太はクッキーを一口食べると、目を輝かせた。
「おいしい! これ、紅先生が作ったの?」
「ううん、小春先生と一緒に用意したんだよ」
「また食べたい!」
「ふふっ。また一緒に作ろうね」
ユキちゃんも、小さな手でクッキーを持ちながら、嬉しそうに微笑んでいた。
その光景を眺めながら、私は不思議な気持ちになっていた。
昼間は人間の子どもたちが過ごす学童。
そして夜になると、あやかしたちが集まる場所になる。
ここは、みんなが安心して過ごせる大切な居場所なのだ。
ふと、窓辺に立つ玲華に目を向けた。
月明かりに照らされた横顔は、とても綺麗だった。
「玲華先生」
「はい?」
「夜の学童って、とても素敵な場所ですね」
玲華は少し驚いたように目を細め、それから優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。ここは、昼は人間で、夜は妖と人間のハーフとまたは妖その者に分けてます。みんなが笑顔で過ごせる場所でありたいのです」
その言葉を聞いて、私は心からそう思った。
この街に来てよかった。
朱海麗学童に来てよかった。
そう感じた夜だった。
帰り際、コン太が玄関まで見送りに来てくれた。
「紅先生、また遊びに来てね!」
「うん。また会おうね!」
ユキちゃんも小さく手を振ってくれた。
「またね……」
私は笑顔で手を振り返した。
夜空には、まんまるのお月さまが浮かんでいた。
森之蝶の夜は、思っていたよりもずっと優しくて、温かいものだった。
第3話 終




