変わった友情
しばらくして。
レイは静かに部屋を出た。
扉を閉める。
廊下の壁にもたれ掛かるように。
リュウが腕を組んで待っていた。
「終わったか。」
「ああ、悪いな。」
「少し待たせた。」
「気にすんな。」
「女を泣かせた後は時間がかかるもんだ。」
レイは苦笑する。
「泣かせたのはお前らだろ。」
「違ぇねぇ。」
リュウは肩を竦めた。
少しだけ沈黙が流れる。
先に口を開いたのはレイだった。
「で。」
「リュウ。」
「結果は……まぁ引き分けだったみたいだけど。」
「お前との約束じゃあ、勝ったら不問。」
「だったよな。」
「……殺すのか?」
一瞬だけ。
視線が交わる。
レイは苦笑した。
「いや。」
「聞くのも野暮か。」
「ルコから事情は聞いてるんだろ。」
リュウは鼻で笑う。
「聞いた。」
「全部な。」
「……で?」
「え?」
「殺すよ?」
「殺すんかい!」
レイは思わず一歩下がる。
「なら逃げるぞ!」
「あ?」
リュウは呆れたように笑った。
「誰がお前殺すっつった。」
「俺に黙って大金せしめようとした。」
「俺の部下だよ。」
レイは一瞬固まる。
「……あぁ。」
「そっちか。」
「当たり前だ。」
「家業はマフィアだ。」
「甘ぇ真似してたら組なんかすぐ潰れる。」
リュウは壁から身体を離した。
「マフィアっつってもよ。」
「信頼が第一だ。」
「目先の金だけ見てりゃ。」
「そのうち誰も来なくなる。」
「長く続けるなら。」
「ちゃんと信用積まなきゃ意味がねぇ。」
「だから。」
「俺の組じゃ。」
「あんな真似は許さねぇ。」
一度言葉を切る。
「……まぁ。」
「あいつは他国のマフィアの幹部でよ。」
「うちと交流のために、幹部交換してたんだ」
「だからといって。」
「今回の事は、管理できなかった俺の責任でもある。」
「だから契約書はこっちで破棄した。」
「参加費も返した。」
「ルコから三千万も返してもらった。」
「これで全部。」
「売る前に戻った。」
レイは静かに頷く。
「そうか。」
「ありがとう。」
その一言に。
リュウは少しだけ意外そうな顔をした。
「お前。」
「ちゃんと礼言えんだな。」
「ハンターってもっと。」
「俺様な奴ばっかかと思ってた。」
「助けてもらったら礼くらい言う。」
「普通だろ。」
「……。」
リュウは小さく笑う。
「嫌いじゃねぇ。」
「お前ムカつくけどな。」
「お互い様だ。」
レイも苦笑する。
すると。
リュウは思い出したように口を開いた。
「あ、それとな。」
「ルコ。」
「お前に感謝してたぞ。」
「お前がいなきゃ。」
「ケジメのために本当に死んでたってな。」
レイは少しだけ目を伏せる。
「俺も。」
「あいつには感謝してる。」
「……ほう?」
リュウは少し意外そうに眉を上げる。
「あいつがあの子を攫ったんだろ?」
「殺されかけてもいる。」
「それでもか?」
「ああ。」
レイは迷わず頷いた。
「アイリスを連れ去ったことも。」
「俺を殺そうとしたことも事実だ。」
「でも。」
「あれはあいつが生きるために必要だっただけだ。」
「俺ならそうはしない。」
「理解もできない。」
「けど。」
「あいつは。」
「あいつの人生を生きてきた。」
「だから。」
「俺が全部否定するつもりはない。」
リュウは黙って聞いている。
「それに。」
「金が一番大事だって言ってた奴が。」
「最後には。」
「自分の金を俺に渡した。」
「筋は通した。」
「もう。」
「仲間だよ。」
少しの沈黙。
リュウは鼻で笑う。
「そうだな。」
「俺も。」
「あいつ好きだ。」
「弱ぇ奴は嫌いだけど。」
「あいつは好きだ。」
「命懸けで筋通したからな。」
腕を組み。
レイを見る。
「お前も。」
「ムカつくけど。」
「嫌いじゃねぇ。」
「俺にちょっと劣るくらいだが。」
「めちゃくちゃ強ぇしな。」
「あ?」
レイの眉がぴくりと動く。
「お前。」
「頭大丈夫か……?」
「俺の方が強かっただろ。」
「寝言は寝て言え。」
「最後まで立ってたのは俺だ。」
「気絶したのはお前が先だ。」
「お前。」
「まだ言うか。」
「当然だ。」
二人は睨み合う。
数秒。
そして。
「……ふっ。」
「……ははっ。」
どちらからともなく笑った。
さっきまで本気で殴り合っていたとは思えないほど。
自然な笑いだった。
「そういや。」
リュウがふと思い出したように言う。
「飯食ってけ。」
「ルコも待ってる。」
「腹減った腹減ったって。」
「さっきからうるせぇ。」
「目ぇ覚めたばっかなのに元気だな。」
レイは苦笑する。
「あいつらしい。」
「だろ?」
「それに。」
「お前も最近まともに飯食ってねぇって聞いた。」
「今日は俺の奢りだ。」
「遠慮すんな。」
「……助かる。」
二人が笑った。
その時だった。
部屋の扉がゆっくり開く。
「……レイ。」
控えめな声。
振り返ると。
アイリスが不安そうに顔を覗かせていた。
「もう……終わった?」
「「あー、ごめんごめん。」」
二人の声が重なる。
一瞬だけ顔を見合わせ。
「お前真似すんな。」
「お前が真似したんだろ。」
また睨み合う二人を見て。
アイリスは思わず小さく笑った。
その笑顔を見届けると。
リュウは満足そうに頷く。
「そうだ。」
「アイリス。」
少しだけ真面目な声になる。
アイリスも姿勢を正した。
「額の奴隷紋。」
「あれだけは。」
「俺にもどうにもできねぇ。」
アイリスは静かに額へ触れる。
「一度刻んじまったもんは。」
「消せねぇ。」
「だから。」
「形式上は。」
「お前はこれからレイの奴隷だ。」
短い沈黙が流れる。
「……でもな。」
リュウは少しだけ表情を和らげた。
「奴隷だからって。」
「全部諦める必要はねぇ。」
「レイ。」
今度はレイを見る。
「この子泣かせんじゃねぇぞ。」
「守りてぇなら。」
「もっと飯食って。」
「もっと強くなれ。」
「この子。」
「お前が目ぇ覚ますまで。」
「ずっと傍にいた。」
「泣き疲れて。」
「寝ちまったみてぇだけどな。」
レイは静かにアイリスを見る。
そして。
小さく頷いた。
「ああ。」
「誓うよ。」
アイリスは。
その言葉を聞いて。
安心したように。
小さく微笑んだ。
リュウはアイリスへ目を向ける。
「そうだ。」
「もう一つ。」
「その銀髪。」
アイリスは自分の髪へ手を添えた。
「この国じゃ。」
「もう迫害なんざねぇ。」
「けど。」
「昔を知ってる年寄りは。」
「まだびびる奴もいる。」
「変に目立つと。」
「お前が面倒な思いするだけだ。」
「上級区に。」
「髪色だけ変えられる魔導具が売ってる。」
「傷みもしねぇ。」
「一瞬で元にも戻せる。」
「街歩く時だけでも使っとけ。」
アイリスは少しだけ銀色の髪を見つめる。
「……。」
リュウはぶっきらぼうに続けた。
「別に。」
「銀髪が悪いって話じゃねぇ。」
「生きやすい方を選べってだけだ。」
「家じゃ好きな色でいろ。」
「エルフなら。」
「水色も多いだろ。」
「その色にしときゃ。」
「余計なこと言われにくい。」
「まぁ。」
「決めるのはお前だけどな。」
アイリスは静かに頷いた。
「……はい。」
レイは優しく微笑んだ。
「じゃあ。」
「明日買いに行ってくるよ。」
一拍置いて。
「でも。」
「家では。」
「銀髪を見せてくれよ。」
アイリスは目を丸くした。
そして。
少しだけ。
嬉しそうに笑った。
「……うん。」
「よし。」
リュウは満足そうに頷く。
「んじゃ。」
「飯だ。」
「ルコが待ちくたびれてる。」
「さっきから。」
『腹減ったぁぁ!』
廊下の向こうから。
元気な叫び声が響いた。
三人は一瞬だけ顔を見合わせ。
思わず笑った。
「行くか。」
「ああ。」
「うん。」
三人は並んで歩き出す。
長かった一日が。
ようやく終わろうとしていた。




