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【完結】『恋心を凍らせる薬を飲みました』。婚約者様、残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください。  作者: 恋せよ恋


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歪んだ愛の記憶

 ある夜、夫婦で参加した豪奢な夜会。


 それは、ジュリアが『北の魔女』の元へと向かったきっかけとなった、ロマリオの友人であるジャクソン侯爵家の嫡男マイケルが主催する夜会だった。


 シャンデリアの光が煌めく大広間には着飾った紳士淑女が集い、若く整った容姿を持つ次期侯爵ロマリオの元には、ひっきりなしに挨拶の者が訪れていた。



 その中には、若く美しい令嬢や、艶やかな笑みを浮かべて誘いをかける魅力的な夫人たちの姿もあった。

 夫に馴れ馴れしく微笑みかけ、言葉を交わす他の女たち。


 それを目にした瞬間、ジュリアの胸の奥底で、学園時代と同様の嫉妬と怒りが激しく沸き起こった。


 学生時代、学園で幾度となく見せつけられた光景が、鮮明によみがえる。


(ああ、やめて……! そんな女性たちに微笑みかけないで! ロマリオ様に触らないでよ……!)


 喉元まで出かかった叫びを必死に飲み込もうと、ジュリアは顔色を真っ白に染め、立っているのがやっとというほどに体調を悪化させていた。



 そんなジュリアの前に、露出度の高い濃紺のドレスの裾を揺らしながら忌々しい人物が近づいてくる。学園時代にロマリオと親しくしていた男爵令嬢であり、今は年の離れたヨーク子爵家に後妻として嫁いだメリッサだった。


「あら、ハーマン次期侯爵夫人。そんな青い顔をして、さっさとお帰りになったらいかがかしら? ロマリオ様のことは、どうぞご心配なく。学園時代同様、私がご一緒させていただきますから」


 面白半分にねっとりとした視線を向け、馴れ馴れしく絡んでくるメリッサ。ジュリアの呼吸がますます浅くなり、意識が暗くなりかけたその時――。


「ヨーク子爵夫人、うちの妻に絡むのはやめてもらおうか」


 氷のように冷たい声が響き渡った。すっとジュリアの前に立ち塞がったのは、ロマリオだった。彼の瞳には、かつてメリッサに向けられていたような甘さのかけらもなく、底知れない怒りと嫌悪の色が宿っている。


「君は子爵夫人だろう。我が妻はハーマン侯爵家の次期侯爵夫人だ。これ以上親しくする必要はない。もし、次があれば、容赦しないよ」


「そんな! ロマリオ様! 学園時代は、あんなにも仲良くしてくださったではありませんか!」


 周囲の視線が集まる中、縋るような声を上げるメリッサに、ロマリオは一瞥もくれず言い放った。


「ああ。だが、あれは、学園だけの学生同士の過去の付き合いだ。卒業した今は、お互いに立場を弁えているだろう」


 毅然とした態度でメリッサを完全に一蹴したロマリオだったが、直後、限界を迎えたジュリアの体がぐっと傾いた。これ以上ここにいさせては危険だと察したロマリオは、周囲の視線を気にかける余裕もなく、すぐに主催者へ暇乞いを告げ、ぐったりとしたジュリアを支えて夜会を後にした。



 気丈に耐えていたジュリアだったが、馬車の扉が閉まった瞬間――自邸へと急ぐ車内で、張り詰めていた理性の糸がプツリと音を立てて切れた。


「どうして……っ! どうして、私をそっとしておいてくださらなかったの……!」


 堰を切ったように、ジュリアは涙ながらに声を張り上げた。


「どうして、また、こんな苦しみの中に連れ戻したのよ! いっそあのまま、心を凍らせた冷たい人形のままでいさせてくれたらよかったのに……!」


「ジュリア……」


「ロマリオ様、私と離縁してくださいませ! このままでは、私はあなたが他の女性に笑いかけるだけで壊れてしまうわ! それなら、最初から離れた方が幸せだと思うのです!」 


 愛する夫を失う恐怖を知ってしまったからこそ、その視線がほんの一瞬でも他の女性へ向くだけで、心臓を引き裂かれるような嫉妬と焦燥が彼女を襲う。



 赤く腫れ上がった目元で泣き叫び、過呼吸気味に馬車の座席に崩れ落ちる妻を、ロマリオは拒むこともせず、ただ強く、力強く抱きしめた。


 そして、震える彼女の背中を優しく摩り続けた。


 ジュリアが流す涙も、あふれ出る恨み言も、すべては自らが犯した過ちの代償なのだと――ロマリオは痛いほど理解していた。



「離縁などしない。……君がどれほど壊れそうになっても、僕は絶対に君を離さない」


 自分が彼女に負わせた傷に対する、終わりのない『罰』として。ロマリオは彼女の拒絶も恐怖もすべて受け止めると誓っていた。



 屋敷に戻ってからも、夫であるロマリオはかつての傲慢さは影もなく、今はただ『妻の心を蝕む傷の贖罪』を人生の最優先事項として生きていた。


 外での用事を最小限に抑え、多忙であっても必ずジュリアの元へ戻る。他の夫人たちがどれほど誘いの笑みを向けようとも一瞥すらくれず、常にジュリアの手を取り、愛の言葉を囁き、彼女が不安に駆られる隙を与えない。



 昼間は家族や友人と穏やかに笑い、マリアンヌたち友人の前では無邪気な少女のように振る舞うジュリア。


 しかし、夜の寝室では暗がりの中で、彼女はロマリオの胸に顔をうずめ、寝巻きの布地を白くなるほど強く掴み続ける。


(詫びて。もっと私を狂おしいほどの愛で詫び続けて! あなたが私に与えた地獄が、私の心を壊したのだから……)


 歪んでいて、決して元の綺麗な形には戻らない絆。


 それでも二人は、互いの傷も罪も抱えたまま、不器用に、しかし二度と手を離すことなく、生涯を共に歩み続けていく。壊れたまま繋がり続ける――それが二人だけの幸福だった。


 歪んだハッピーエンド



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