第六話 5
その日の夕方、事務所を出て向かったのは、沢登小五郎のアトリエだった。手土産は、小五郎の好物の鰻重と団子だった。久しぶりに二人で夕飯に食べようと思っていた。小五郎は、裏庭で木の切り出しの作業をしているのか、アトリエにはいなかった。僕は、アトリエの中に入った。そして、隅に置かれている来客用のソファーに座り、勝手にコーヒーを淹れて飲んでいた。
今日は、豆太郎は来ないんだなと思ったが、やっぱり甘かった。豆太郎は、裏庭での作業を終えた小五郎と共に現れ、僕の姿を見つけた途端、ワンワン吠えながら、僕を目がけてカモシカのようにジャンプした。しかし、僕は、危機一髪で彼の攻撃をかわし、ソファーから逃げ出すことに成功した。けれども、テーブルの上に置いていた鰻重と団子は、豆太郎によって蹴散らされ、見るも無残な姿となって床の上に散らばっていた。それに気付いた豆太郎は、僕のことはどうでもよくなったらしく、「チャンス!」とばかりに、鰻重と団子を貪り食っていた。
「一折、四千円もしたのに!」
僕は、思わずそう叫んでいた。小五郎は、「ごめん、ごめん」と言いながら、犬に鰻重をたらふく食わせるわけにいかず、嫌がる豆太郎を担いで、またもや隣の部屋に監禁した。
「お前、今日、誕生日じゃん。だから奮発して鰻重を買って来てやったのに……」
「あそうか、誕生日か。忘れてたよ」
「そんなことだろうと思ってたよ」
「ごめん、代わりに何か作るよ」
そう言って、小五郎はアトリエの奥の台所に行き、ごそごそ食材を物色していたが、「ごめーん、インスタントラーメンしかなかった」と僕に向かって叫んだ。僕は、「何でもいいよ、お前の誕生日だから、好きにしろ」と返した。
僕は、インスタントラーメンを啜りながら小五郎に訊いた。
「犬って可愛いか?」
「うん」
「えー、あんな凶暴なヤツがか?」
「当たり前だろ。家族同然だからな」
「やっぱそうか……」
「豆太郎は、昔から全然俺に懐かないよな」
「犬だって人を見る目があるからな」
「うわー、その言葉、なんか今日は落ち込むわ」
「お前でも落ち込むことがあるのか?」
「うるせー」
「そういえば、今日、山本調査事務所の所長から電話があって、お前が小さな女の子を泣かせてたと怒ってたぞ」
「お前、山本所長と面識あるのか?」
「ああ、調査を頼んでるからな」
「何の調査?」
「そんなの、お前に言える訳ないだろう」
「お前、水臭いな、どうして俺に頼んでくれないんだよ」
「お前は信用できないから」
「……」
「お前は、本当におめでたいヤツだな」
「何が?」
「何がって、何にも気付いてないじゃないか」
「何に?」
「内緒だよ! その答えは自分で探すんだな」
「……」
小五郎と話したら、少しは気が晴れるかと思ったのに、更に落ち込み、僕は、小五郎の家を後にした。




