第四話 4
その頃、米澤唐左衛門の邸宅をある男が訪ねていた。男は、呼び鈴を鳴らし、対応した森山熊三に、「どうしてもご主人にお話を伺いたい。私は決して怪しい者ではない。ご主人にも有益な話になると思うので、是非お会いしたい」と言った。森山は、一瞬、不吉な予感がしたが、主人である米澤唐左衛門に、「今、ご主人様に会いたいという見知らぬお客様が来ています」と報告した。米澤唐左衛門は、今までは約束もしていない突然の訪問客など問答無用で会うことを拒絶して来たのに、どうしてだか、その日は会ってみようという気になった。しかし、家の中に招き入れる前に、まず玄関先で話を簡単に聞いてからという用心深さは相変わらずだった。大企業の会長ともなると、そのくらいの慎重さは、持ってしかるべきものではあった。
その男は、米澤唐左衛門が自分に面会してくれたことにまず感謝を述べ、「私は、四十年前に起こった米澤和吉さん殺害事件について調べている者です」と言った。その途端、唐左衛門の顔は強張り、いきなりドアを締めようとしたが、男はそれを遮り、続けてこう言った。
「あの事件には不審な点がいくつもあります! まず、殺害方法ですが、非力な若い女性が、いくら寝たきりとはいえ、そう簡単に男性を素手で絞殺できるとは思えません! 彼女が殺害したとは思えないんです!」
「君は何を言っているんだ? 息子の和吉は亡くなっているんだぞ! もう随分前に終わったことだ! 帰りたまえ!」
米澤唐左衛門はそう叫ぶと、男を放置し、部屋の中へと消えていった。傍で見ていた森山は、この男に主人を会わせたことを酷く後悔し、「もうお帰りください。今更、何をどうされようと、和吉様は帰っては来ません。ご主人様の悲しみは、あなた様には到底分かりますまい」と言って、ドアを閉めた。
男は、ため息を吐き、諦めてその場を後にした。