第四話 5
沢登小五郎のアトリエに着くと、どうやって嗅ぎつけるのか、部屋の奥のほうから豆太郎がこっちを目がけて突進して来て、ワンワン、ギャンギャン、ワンワン、ギャンギャンと吼えた。「うるさいわっ! 黙れっ!」と言っても、ワンワン、ギャンギャン、ワンワン、ギャンギャンと吼える。しかし、今日は、僕は奥の手を用意していた。僕は、鞄から犬が大好きなジャーキーを取り出し、ほれという感じで豆太郎に差し出した。すると豆太郎は吼えるのをやめ、一瞬顔を傾げ、コイツはもしかして味方かも?という仕草をした後、出されたジャーキーに食らいつき、バリバリガツガツとあっという間に平らげた。僕は、「やった! 大成功! とうとうコイツを手なずけてやったぞ!」と思ったのも束の間、次の瞬間には、豆太郎は僕に向かって、またもや、ワンワン、ギャンギャン、ワンワン、ギャンギャンと吼えた。「人がやった物を食ってこの態度かよ、コイツだけは絶対に許さん!」と思って豆太郎を睨みつけていたら、傍で小五郎が大笑いしていた。そしてまた、豆太郎は小五郎によって隣の部屋へ監禁された。
「豆太郎は、食い意地が張ってるからな。食い物ぐらいじゃ、そう簡単に懐かないよ」
「ジャーキーやるんじゃなかったよ! アイツも相当頑固なヤツだな!」
「誰かさんに似てるけどな」
「は? 誰かさんて?」
「頑固なヤツと言えば、一人しかいないだろ? 同族嫌悪というヤツだな」
「はぁ? まさか俺のことじゃないだろうな」
「さあな」
そう言って小五郎は笑った。
「ところで、お前さ、音楽関係で、チケット入手できる伝手がないかな?」
「チケットってコンサートの?」
「うん、コンサートと言っても、クラシックじゃなくてロックなんだが」
僕はそう言って、アトリエの隅に置いてある小五郎の妻、沢登あおいの遺影を振り返った。そして、「あれからもう五年も経ったんだな」と言うと、小五郎は、「そうだな、長いような短いような五年だった」と小五郎は呟いた。
芸術大学美術学部出身の沢登小五郎は、大学時代に知り合った同級生と結婚していた。彼女は、音楽部ピアノ科出身で、その後ピアニストとして活躍していた来栖あおいという女性だった。しかし、あおいは、結婚十年目にしてようやく授かった子供を身籠ったまま、交通事故に遭い亡くなっていた。しかも、あおいは轢き逃げに遭っていた。事件の担当をしたのは僕で、僕は執念で犯人を捕らえ、しかも犯人は飲酒運転だったことを立証し立件していた。あの頃の憔悴しきった小五郎のことを思い出すと、今でも胸が痛い。今、アトリエいっぱいに置かれている作品を眺めていると、よくぞここまで立ち直ってくれたという思いでいっぱいになる。
小五郎は、「あおいの友達の中にレコード会社に勤めていた人がいたと思うけれど、もう連絡を取っていないんだ」と言った。僕は、「そうか、わかった」と言い、小五郎の家を後にした。




