第三話 1
「君が和吉君の息子なのか? 本当に和吉君にそっくりだね! びっくりしたよ!」
そんなに自分は父とそっくりなのか、ついこの間も全く同じことを言われたなと思いながら、僕は老紳士の前で微笑んでいた。
老紳士とは、海東達弘から紹介された顧客の本木勝義という男性だった。彼は、業界トップのファミリーレストランサンライズチェーン店を経営する大企業の会長で、一代でここまで会社を発展させたことで、国内外を通じてその名を知らない者はいないほどの大物だった。国内三五〇店舗、海外主要都市に十五店舗出店している大企業である。僕でもさえも、本木勝義という名前くらいは既に知っていた有名人であった。そんな彼が、僕の父の知り合いだったとは、ちょっと驚きの事実だった。
「実はね、君のお父さんが大学生の時に、うちの息子の家庭教師をしてくれてたんだよ。彼はうちのレストランによく食べに来てくれていたんだが、忙しい時は店を手伝ってくれるような気の利く好青年で、それで仲良くなって家庭教師を頼んだんだ。たまに、友達も来ていたが、それが海東君だった。海東君が亡くなったと聞いて、先日、彼の甥である達弘君に絵を譲って貰いたいと交渉していたら、ちょうど君の話が出てね。調査事務所をしていると聞いたし、達弘君の案件も君が見事に解決したと聞いたもんだから、是非君に調査を依頼したいと思った次第だ。でも、ちょっと解決するのが難しいかもしれないから、断ってくれても全然構わないんだが……」
「そうだったんですか。どんなことを調べればいいんですか?」
「人を捜して欲しいんだ」
「人を?」
「そう」
本木勝義は、二年前に起きたことを話し始めた。
無名の貧乏学生だった頃の旧友と久しぶりに会い、昔を懐かしみながら場末の居酒屋で飲んでいたのだが、つい話が弾んで飲み過ぎてしまった。急に気分が悪くなってトイレで吐いていたら、収拾がつかなくなって、その場にへたりこむような有様になった。起き上がろうとしても、頭がグラグラして気分は悪いし、吐き気はおさまらないし、どうしたものかと思いつつ、どうしようも出来なくて困っていたら、居酒屋の若い店員がそれに気づき、「おい! じいさん! 大丈夫か?」と言い、「本当に困ったヤツだな。飲みすぎるなよ」と言いながらも、濡れタオルを持って来て顔を拭いてくれたり、背中を擦ってくれたり、お終いには自分を背負ってタクシーに乗せてくれたりと、それはそれはかいがいしく親切に介抱してくれた。今時の若い者にしては良くできた青年で、お礼を言うためにもう一度居酒屋を訪れたが、その時には彼はもう店を辞めてしまった後だった。あの時のお礼を言いたいというのが本題だが、彼のような人材を探すのは本当に困難で、彼さえ良ければ、うちの会社で働いてもらいたい、彼をスカウトしたいと思っていると、こんな風なことを本木勝義は一気に喋った。
「人は見かけによらないとはこのことで、彼は一見すると、体格の良いヤンキー風のどう見ても不真面目な人間にしか見えない男だったんだが、心根は非常に優しかった。見ず知らずの老人に、あんなに親切に出来るヤツはなかなかいない。是非とも彼を探し出して、礼を言いたいと思っているんだよ」
「そうだったんですか。いや、良い話ですね」
「そうだろう?」
「ええ」
「こんな依頼でも受けてくれるかな」
「はい、是非とも」
僕がそう言うと、本木勝義は満面の笑みになった。
「では、早速ですが、その青年の名前は?」
「それが分からないんだよ。酔っ払ってたもんでね」
「え?」
「店の名前は分かる。青木屋、古田店」
「そうですか。それならおそらく大丈夫です。まずは店から当たってみます」
そうは言ったものの、名前が分からないということで、傍で最初はニコニコしながら耳を傾けていた新宅正司の顔が、ジェットコースター並みに無表情になっていくのが分かり、今回もお先真っ暗になるような悪い予感がした。
話が終わり、本木勝義は機嫌よく帰って行ったが、彼が帰った途端、案の定、新宅正司は「所長! 先月、青木屋チェーンは破産して潰れてます!」と絶望的なことを喋った。
「はぁっ? 何故それを先に言わない!」
「そんなこと、顧客の前で言えるわけないでしょ」
「……それもそうだ」
「あーあ、大丈夫なんすかね」
「大丈夫も何もやるしかないからやるんだよ」
「そうですね。仕事があるだけマシですね」
「そうそう」
二人でそう言って励まし合った。




