第二話 9
それからまた何の進展もなく、一週間が過ぎた。今日は日曜日で、僕は書斎でただあてもなくパソコンを見ながらため息を吐いていた。件の女性の絵をパソコンに取り込み、画像検索をしてみたが、似たような絵が出てくるばかりで、新たな情報は何一つ出てこなかった。
「はぁー」と大きなため息を吐き、呆けていると、そこにコーヒーを持って森山が現われ、「お仕事をなさってるんですか? お休みの日なのにご苦労様です」と言った。この森山熊三という人は、全く気の利く奇特な人だった。ちょうど、コーヒーが飲みたいと思った時に、彼はいつもコーヒーを持って現われる。祖父にとっては、もっと居なくてはいけない人物だろうことは間違いない。祖父は不動産業を営んでおり、森山は祖父の仕事も手伝っていた。
「森山さんこそ大変でしょう。あーんな頑固な人の世話を四六時中してるんだから。しかも仕事も手伝ってるんだし」
「それがですね、仕事のほうは楽になったんですよ。ご主人様もそうだと思いますよ。社長を退任されて会長になられたから、やっと肩の荷が降りたんじゃないんでしょうか?」
「え? そんな話、初めて聞いたよ。新しく誰か社長になってくれたの?」
「そうです。長年、会社に務めてくれていた方が引き受けてくださったんです」
「あんな巨大企業の社長なんて、俺は絶対にゴメンだね。凄いやり手の男性なんだね」
「いえ、女性なんです」
「えっ?」
「頭脳明晰でびっくりしますよ」
「そうなんだ」
「唐吉様も近いうちに、お目にかかれますよ」
「……」
祖父の会社の新社長が女性と聞いて「またかよ」と内心うんざりした。地球上に女性が半分いる限り、どうやったって女性からは逃れられない。いつも女性は僕にトラブルをもたらす。この女性もそうだ。そう思いながら、パソコンの画面の『遠蕾』の女性を見つめた。
「それにしても、この女性は一体誰なんだろう?」
僕はそう呟きながら、「はぁ」とため息を吐いた。僕のその様子に気付いた森山は、画像を覗き込み、急に「あ!」と大きな声を張り上げた。僕は驚いて森山の顔を覗き込んだ。
「唐吉様!」
「えっ? なにっ?」
「今、何をなさってるんですか!」
「何って仕事だけど? この女性が一体誰なのか調べているんだよ」
僕がそう言うと、森山は目を見開いて僕の顔をしげしげと見つめ、やがてはらはらと涙を流し始めた。僕は、森山のその様子をただただ驚き見つめていた。そして、森山は叫んだ。
「この女性は、あなた様のお母様です!」
「ええっ!?」
灯台下暗しとは、まさにこのことだと思った。森山は、きっと、自分の母親の顔も忘れている自分のことを憐れんで涙したのだろう。僕の家には、母の写真が一枚も残されていなかった。祖母の写真はあんなに大きなものが残されているのに……。僕には五歳までしか母の記憶はなく、それも朧げな不確かなものでしかない。
他人から見れば、僕は悲劇のヒーロー物語の主人公なんだろう。それなのに、僕は自分が主人公であるとさえ気付いていなかった。あまりにも滑稽で惨い話だった。