政略結婚を宣言します【後】
父と二人で笑い合っていると、アクアニードが痺れを切らして声を上げた。
「ご冗談はそこまでにしていただきたい!国のことを思えば、フェアリス王女殿下は私と婚姻を結ぶのが最適なのでは!?」
すごい自信だわ。
なぜこの場でそんな発言ができるのか。
「お黙りなさい」
私は、戦姫と恐れられたときのオーラを放ってすごむ。
「あなた、わたくしに何をしようとしたか忘れたの?」
「な、何を」
証拠はないはず、と高を括っていたアクアニードが、かすかに困惑の色を浮かばせた。よほど自信があったらしい。
ねぇ、なんで自分に魅了をかけて操ろうとした男と一緒にならなきゃいけないの?
アクアニードからは「女が国を治めるなんてできないだろう、私が助けてやろう」という思い込みが透けて見える。
「ふふっ、わたくしに、あなたはいらない」
できるだけ尊大に見えるよう、私は悪女っぽい笑みを受かべてアクアニードを見た。
「陛下、わたくしはルクレーアの王族の方を伴侶にしたいと思います」
「ほぉ」
ルクレーアは、最も長い間戦乱にさらされていた国だ。帝国が力で統治しようとすれば、反乱が起きる可能性も捨てきれない。
だからこそ、人心を引きつけていた王族の生き残りを婿に据えることで、統治しやすくしようというのが私の目論見だった。
父はすべてを理解し、しばし考え込む。
「父上がご健在である今、すぐに私が弟の後見役を担う必要はございません。ならば、新たな領土や属国を平和に……、豊かにすることが大事なはず。わたくしが三国を統治することで、弟がいずれこの国を背負って立つときに安心して政が営めるようになるでしょう」
もちろん、弟の教育もしますよ?
ふふふと笑顔で首を傾げると、父は「あぁ」と納得した声を漏らした。
「なるほどな。それでオルフェードも連れて行くのか」
「はい」
オルフェードはうちの部隊の呪術師ですから。
しかし次いで出た父の言葉に、私はきょとんとしてしまう。
「そなたの伴侶として」
「…………はぃ?」
今、なんて言った?
伴侶としてって言ったよね?
意味がわからず停止していると、父は目を閉じてうんうんと頷き始める。
「オルフェードはルクレーアに戻ることになるのか。それはよい。これまでよく仕えてくれた。オルフェードならフェアリスへの情も深いしな、よき夫婦となるであろう。異論はないぞ」
「え、あの、陛下?お父様?」
私、ルクレ―アの王族の生き残りと政略結婚するんですよ?
しんとする謁見の間に、カツカツと高い靴音だけが響いた。
そっと私の肩を抱き寄せる腕。
まさか、と思って隣を見上げると、そこには優しい顔つきのオルフェードがいた。
あ、これは笑っているけれど悪い顔だ。間違いなく悪フェードの方だ!
形のいい唇が、涼やかな声を発する。
「陛下、このたびは温情をいただきまして感謝いたします」
え、何この結婚報告みたいな感じは。
ぐぐぐっと彼の胸を手で押すけれど、びくともしない。
「王族の傍系として国を追われ、命すら危うかったところを、フェアリス様や将軍閣下に拾われ今日まで生き延びてまいりました。王女殿下とは戦場で想いを通わせ、より帝国の発展に尽力しようと将来を誓い合ったのですが……」
え、その話、今初めて聞きましたけれどぉぉぉ!?
あれ?オルフェードって伯爵家の嫡男だったのよね?
王族の傍系って……。
彼は驚く私を見て、超絶甘やかな声音で密かに囁いた。
「俺の祖母は、かつての王妹です」
「っ!?」
「たかが伯爵令息を、しつこく追い回して殺そうとするなんておかしいと思いませんでした?」
「うわぁ……」
今にも後ろに倒れそうな私を、彼はぐっと支えておおげさに愛を告げる。
「ようやく、フェアリス様の伴侶として堂々と隣に立つことができます」
もう何も考えたくない。
最初っから全部仕組まれていたことだったんだ。
青緑色の瞳が語っている。「逃げられると思ったのですか?」と……。
そういえば戦勝祝いの宴の夜、オルフェードは言っていた。
『ちょっと考えさせて』
『それは前向きに?前でも後ろでもどっちでも俺になるように用意はしましたが」
『用意って何!?』
『さぁ』
あぁ、あのときに無理にでも問い詰めていれば……ってどうにかできたかな!?
逃げられない包囲網は、最初から組まれていたんだから。
オルフェードは知っていた。
私がルクレーアを含めた三国を欲しがっていることを。
政略結婚を最大限に利用するつもりなことも。
そうか、オルフェードが婚約者候補に名を連ねたのは、父に素性を話したからだったのか。てっきり父がオルフェードの才能を評価したからだと思ったけれど、自薦だったのね……。
ラインバーグは、オルフェードだけが浮かないようにおまけだったんだ。
愕然とする私は、ただ立っているのがやっとで。
オルフェードは皆が注目する中、私の右手をそっと握り、その場に片膝をついて情熱的に求婚した。
「俺の生涯をかけて、王女殿下と帝国に幸福をもたらしましょう」
私は今、どんな顔になっているだろうか。
笑顔でいなくてはいけない。けれど口元がぴくぴく痙攣しているのを感じる。
「愛しています、フェアリス様」
手の甲に、柔らかな唇が触れる。
物語の騎士や王子様のようだ。
誰からともなく拍手が始まり、謁見の間は祝福で満ちる。
オルフェードは立ち上がり、うっとりするほど美しい笑みで言った。
「幸せになりましょうね?フェアリス様」
「ははっ、ははははは…………」
完敗です。
しょせん、シナリオがわかっていないとこの程度のものですよ。
投げやりな私は、力なくオルフェードの胸に倒れ込む。
気分は敗軍の将だけれど、周囲からみればようやく結ばれた幸せな王女に見えるだろう。
あー、もう知らない。
――そう思っていたけれど、後始末が残っている。
「オルフェード」
「はい、何でしょうか?俺のフェアリス」
「んぐっ!」
甘い!視線が、声が甘い!!
これでいつか豹変して、私を捨てたら許さないから!!
私は深呼吸を繰り返し、気分を切り替えてオルフェードに命じた。
「いつもの、よろしくね」
そう告げると、彼は驚いた顔をした。
しかしすぐに笑みを浮かべると、からかうような目で見降ろしてくる。
「今?ここで?高くつきますよ?」
「あら、私に幸福をもたらしてくれるんでしょう?」
ははっと噴き出すように笑った彼は、そっと私の肩に手を回した。
そしてもう片方の手は、茫然と立ち尽くしているアクアニードに向かって翳す。
『水の精霊よ、魂の一滴を我に差し出せ』
――バシッ……!
オルフェードの指から放たれた煌めく水泡が、一瞬にしてアクアニードの胸に吸い込まれる。見た目はきれいだし、痛みはなく死ぬこともない術なので私はこれがけっこう気に入っているのよね。
「真実の棘。ひさしぶりにこの呪いを見たわ」
魔術の自白剤であり、この棘を心臓に埋め込まれた者は本当のことしか言えなくなる。戦場では捕虜に口を割らせるのが大変だから、とても重宝した術だ。
「術者と対象が鎖で繋がるから、あまり使いたくない。アクアニードなんていらない」
オルフェードは文句を言いつつも、私のために術を使ってくれた。
「ありがとう」
「フェアリスのためなら」
これでアクアニードは嘘がつけなくなるし、どこに逃げてもオルフェードに居場所を知られてしまう。
私はとてつもなく悪い顔で、アクアニードに尋ねた。
「さぁ、あなたが私にしたこと。そして国を乗っ取ろうとしていたことを白状してもらいましょうか……?」