これは告白か交渉か
オルフェードに連れて来られたのは、私の部屋ではなく、魔導士団の研究塔の屋上。レンガ造りのこの塔は、王城の敷地内でも結界の強い場所だった。
「ここならアクアニードは追って来られない」
私をそっと下ろしたオルフェードは、周囲確認するとさらに結界を張った。
そして、その場にへたりこんで茫然とする私の前にヤンキー座りで屈むと、顔を覗き込んでくる。
あぁ、素晴らしい造形美だわ。
けれど私の好きなかわいいオルフェードは、どこにもいない。見る影もない。
「本当に、オルフェードなの?」
思わずそんな疑念が漏れた。
「実は双子とか、生き別れの兄弟とか、ドッペルゲンガーとか」
「悪いけれど、そんなものはいませんよ」
「うええええ」
情けない声を漏らす私を見て、オルフェードは白けた目を向ける。
「わ、悪フェードだ……」
「おかしな名前をつけないでくれますか」
ため息をつかれたけれど、そうしたいのはこちらである。
「まったく、素直に頼れるようにゆっくり待っていたのに。最初から俺を選べばよかったんです。それなら、あいつらを全員どこかに飛ばしてでも助けてあげたのに」
「オルフェード……?」
意味がわからない。きょとと小首を傾げる。
「何のために、俺がずっとそばで支えてきたと思ってるんです。こっちの努力を無にするなんて、ひどい人ですね」
勝手に怒っているオルフェードを見て、私はボロボロと涙を流した。
「こんなのオルフェードじゃないぃぃぃ!!」
いやぁぁぁ!私のかわいいオルフェードが壊れたー!!人類にとって大きな損失、かわいいの衰退が甚だしい!!
号泣する私を見て、オルフェードはぎょっと目を瞠る。
「なんで泣くんですか!?」
「無理よぉぉぉ!」
私の中では、かわいらしい着ぐるみから生身の人間が飛び出てきたくらいの衝撃で。号泣した後はさめざめと泣き続け、オルフェードは狼狽するのにも飽きたのか唖然としていた。
「そんなにダメですか?」
「ふう……、ううっ……」
そしてどれくらいか経った頃、ずっと黙っていたオルフェードがそっと私の涙をその手で拭った。
「フェアリス様?大丈夫ですか……?」
「はっ!オルフェード!!」
目の前にいたのは、かわいらしく上目遣いで話すオルフェード。私はパァッと顔を輝かせて彼に抱きついた。
「わぁぁぁん!おかえりなさいっ!!」
ヤンキー座りだった彼に飛びついたから、彼は私を支えきれず尻もちをつく。
「どこに行っていたの!?ダメじゃない、行方不明になったら!」
「…………」
背中を撫でる手が優しい。
さっき見たオルフェードは、もう忘れよう。そうしよう。それがいい!
そう思っていると、腰にガシッと手が添えられて、耳たぶを甘噛みされた。
「んぎゃあ!!な、何を……!!」
慌ててオルフェードの顔を見つめると、青緑色の瞳が私を映していた。
「さすがにもう演じ続けるのは……。これから四六時中一緒にいるなら、あれはキツイです」
「キツイってどういう……」
しかも四六時中って?
「え、たまに会う関係なら大丈夫ってこと?」
「なんでそうなるんですか」
あら、今度は急に不機嫌そうになった。
私の適応能力は低いらしく、まだオルフェードの急変に慣れそうにない。
見つめ合っていると、オルフェードの方が折れたのか突然にふっと笑った。
「フェアリスは鈍いですね」
「はぁ!?」
つい売り言葉に買い言葉で反応してしまった。長年、男たちと戦場にいた弊害が出ている。
オルフェードはニヤリと笑うと、尊大な口調で私に告げた。
「結婚相手には、俺を選んでください。なんならこの国を裏切って、また一から国盗りを始めてもいい。フェアリスが手に入るなら、俺はそれでもかまわない」
「何言ってるの……?」
また一から国盗り?私が手に入るならって、意味がわからない。
結婚相手に俺を選べって……はぃ?
「フェアリスは、アクアニードに国を持って行かれてもいいんですか?」
「それはっ」
しまった。私が魅了にかからなかった以上、おそらくあいつはナミアーテに接触する。そして自分を選ばせるだろう。
ナミアーテはほとんど魔力耐性がないから魅了に抗えないだろうし、そもそも何もしなくてもアクアニードが口説けばすぐになびきそう。
オルフェードによれば、しばらくは重力魔法の影響で体を動かすのは無理だろうというが、だとしても懸念はある。
「俺という武器を取れ、と言った方があなたは納得してくれますか?」
「そんなのおかしいわ」
「どうして?」
どうしてもこうしても、オルフェードが私に協力する理由がない。
何かメリットがあるとでもいうのかしら。
「あなたの目的は何?私の伴侶に収まることで、この国が欲しいとでも?」
豹変したオルフェードからも、野心みたいなものは感じ取れなかった。だからなおさら違和感が募る。自分で聞いておきながら、返事を聞くまでもなく「それはないな」とわかりきっていた。
「国?まさか。そんなものはいりません」
私の質問に目を丸くした彼は、おかしくてたまらないというようにクックッと笑った。
その顔があまりに楽しそうで、私はしばし目を奪われる。
「目的を、言いなさい!」
すっかり上官気分で命令してみる。こんな抱き合った姿勢で命令するのもおかしいけれど、自分を奮い立たせるには口調を変えるしかなかった。
オルフェードはニッと口角を上げると、まっすぐ私を見つめて言った。
「目的はフェアリスです。フェアリスが欲しい」
「は?」
驚愕し、次の瞬間には顔が真っ赤に染まるのが自分でもわかった。
「絶対にあなたを手に入れると決めていました。フェアリスが好きなんです」
「なんで!?」
好きって、恋愛的な意味での好きってこと!?
パニックになった私は、気づけば絶叫していた。
「今までそんな素ぶり、まったくなかったじゃない!」
「奴隷として売られた俺を助けてくれて、呪術師として身を立てるまでにしてくれた人を好きにならずにいられますか?」
「いやいやいや、それって恩を感じているだけで好きとかそう言うことじゃない可能性は?」
頼む、勘違いだと言ってくれ。
私は顔面蒼白で訴えかける。
「まさか。自分の気持ちくらい自分でわかりますよ。フェアリスのそばにいたくて触れたくて、誰にも渡したくないと思うんです。近づく男は全員抹殺したいと思っています。これは純粋な恋です」
「どのあたりが純粋なの!?」
オルフェードは「なんで?」という風にこてんと首を傾げる。
かわいいな、ものすごくかわいいな!!
「だいたいこれまで、その、本性を隠してたってことでしょう!?私のかわいくて思慮深くて撫でまわしたくなるオルフェードは、全部嘘だったってことでしょう!?」
「かわいくて思慮深くて撫でまわしたくなる男なんていませんよ。あれほど知略を巡らせながら、こういうところは意外に夢見がちなんですね」
彼は呆れたように半眼で私を見る。
私にとって、オルフェードはかわいくて守ってあげたい男の子だったのだ。私を癒してくれる存在。まさかこんなことになるなんて……!
「なんで今まで嘘ついていたの?」
私に取り入るため?
でも私が最初にオルフェードに目をつけたのは、魔導士として類稀なる才能を持っていたから。
彼なしでは国盗りは叶わなかったわけだから、本来の性格でも重用したことは間違いない。
「嘘って言い方は心外ですが、まぁフェアリスからすればそう思うでしょう。仕方ないって言っても納得しないだろうし」
「だからなんでそんなことしていたの?」
「だってあなた苦手でしょう?デカくて、所作が粗雑な男は」
私のため、とでも言いたいのか。いや、私に近づくために、油断させるため?
「俺はフェアリスが欲しいと思いました。けれど最初からありのままで接したら、多分あなたは俺との間に一線を引いて踏み込ませてくれない。素晴らしい王女殿下の仮面を被ったまま、自分の心の内や悩みを聞かせてくれるような関係性にはならなかったはずです」
彼の予想は、当たっている。
積極的な男は苦手だし、好きだという気持ちを前面に押し出してきていたら絶対に信頼しなかっただろう。
「だいたい侍従のジョーエス様だって、背丈はあるが華奢で女っぽい。俺だって小柄な方だし、ラインバーグも背こそあるけれど顔は中性的です」
「別に見た目で選んでいるわけじゃないわ。スキルと人柄重視で、接しやすい人を選んだらこうなっているだけよ」
「なら自分でも気づかないうちに、選び分けているのでは?多分あなたは、男がそんなに好きじゃないんですよ」
ぐぅっと押し黙ってしまったのは、私も思い当たる節があったから。
もう恋愛なんてしたくないって思っているから、男性を意識させる人はそばに置かなかった。
男らしさを感じる逞しい男たちのことは、無意識に「近寄りたくない」と思っていたのかも。
「俺はあなたのことが知りたかったし、もっと近づきたくて……何より守ってあげたかった」
「守る?この私を?」
「おかしいですか?」
帝国の第一王女であり、シナリオを知っている私が直接危険な目に遭うことはなかった。それに剣も嗜んでいるし、魔法も使えるから十人くらいの男ならエアロでぶっ飛ばせる。
だからこれまで、自分を守ってもらおうなんて考えたことはなかった。
「なんで」
「好きだから」
「オルフェードが、私を好き?」
今度は私が首をこてんと傾げて腑に落ちないという思いを全面に出せば、オルフェードは困った顔をしていた。じぃっと彼を観察して本心かどうか疑ってしまう。
「こればっかりは信用してもらうほかありません」
オルフェードは、私の頬にかかる銀髪をするっと一束すくって自分の口元へ運んだ。乙女チックな、映画のワンシーンみたいな仕草だったけれど、どうにも相手が自分というところで素直に喜べない。
こんな恋愛要素はskipしたい!
さっさと次のイベントへ行きたい!
「猶予はあまりないですが、考えてみればいい。どうすればフェアリスの望みが叶うのか」
「私の、望み」
思考の渦に飲まれかけたそのとき。
腰を抱く手にぐっと力が篭る。バランスを崩した私がオルフェードに向かって倒れると、彼のきれいな顔がさらに接近した。
「え……んんっ!!」
ふいに重なった唇に、私の思考は完全に停止する。二人分の熱が混ざり合い、不覚にもドキドキしてしまった。
名残惜しそうに、私の唇に吐息を残してそっと離れた彼は言う。
「俺にフェアリスが必要なように、フェアリスにも俺が必要です」
一体何がどうなってこうなったのか。
右手で口元を抑える私は、顔が真っ赤になっていて熱いほどだ。
「俺と、愛のある政略結婚しませんか?」
「あ、愛……!?」
オルフェードはくすくす笑いながら、「かわいい」と言って私の頬を指でなぞる。
何もかもがわからないけれど、一つ思ったことは「呪術師ってやっぱり性格悪いジョブなんだ」ということだった。





