本性との乖離がすごい
王城の西側にある温室は、私の亡き母がいた王妃宮のすぐそばにある。
この国では幸せは西からやってくると信じられていて、国王の愛する妃は西側に居を構えると決まっていた。
義母に「ここを譲りましょうか」と提案したことがあったのだが、思い出がつまったここはそのままにしておきましょうと言ってくれて現在も私の持ち物として保存してある。
温室の中には、色とりどりの花や草木があり、私が南国から取り寄せたパイナップルも栽培されている。
柔らかな日差しは魔法で作り上げた太陽で、この温室は気温も室温も管理されつくした空間だ。
私たちは温室を散歩した後、近くにあるガゼボへと移動する。
テラスは日焼けが気になるから、屋根のあるここへ案内してくれたのはアクアニードだった。
爽やかな風が吹いていて、私は心地よさに目を閉じる。
侍女がアイスティーや菓子をテーブルに配すると、彼は皆を下がらせて二人きりになる。護衛の姿は離れた場所にあり、完全に二人きりではないけれど声は聞こえないくらいの距離が空いていた。
アイスティーをコクリと飲み込むと、喉がスッとした。
ひんやり感と苦みがちょうどいい。
アクアニードは私がお茶を飲むのをじっと見つめ、うれしそうに目を細める。
「温室には、殿下のお姿をさらに美しく飾る花がたくさんありましたね。今度はぜひドレスを贈らせてください」
「まぁ、ありがとう。けれど、そういうことは将来の伴侶が決まってからになさっては?」
くすりと笑って優雅に受け流せば、アクアニードは大げさに困った顔をした。
「……そんなに私のことがお気に召しませんか?フェアリス王女殿下」
「え?気に入らないなんて、まさか」
「私はあなたを愛しているのに」
「は?」
今、愛しているって言った?
うーん、それは無理があると思うんだけれど。
私が信じていないのを感じ取り、彼は続けた。
「あなたのような、強い女性が好みなのです。それでいて、話す姿や笑う顔はとてもかわいらしい。例え王女殿下でなくとも、私はあなたに夢中になっていたでしょう」
「……戯れがお上手ですね」
ひぃぃぃぃ!
ゾッとするからやめてほしい。私がかわいいのは自分でも知ってる。ゲームの美少女キャラだもん。
けれど面と向かって口説かれると、全身に蕁麻疹が出そうだった。
うふふと笑っているこの状態を褒めてもらいたい。
アクアニードはスッと席を立つと、私のそばにやってきた。
「な、なに……?」
思わず身構えた私に向かって、彼はにこりと優しい笑みを向けた。
「ひどいですよ。私を選ばず、ルクレーアの王族と縁を結ぼうとするなんて」
「っ!?」
どこでバレたの!?
アクアニードと結婚しなくてもいいように、七国戦争で統一した国の王子と政略結婚しようとしていたのがバレてしまった。
ジョーくんに書簡を送らせて話をつけ、オルフェードに転移魔法でお見合いの場を設けてもらうつもりだったのだ。
アクアニードは私の肩に手を置き、笑みを深める。
「私は寛容な男ですから、許しますよ?あなたは王女殿下ですから、私がこの国を統べるには必要なお方です」
「あなた、が……統べるって」
まさか国を乗っ取るつもり?
「大丈夫、怖くありません。あなたもすぐに、私のことを好きになる……これは自然なことです」
瞳の奥をのぞくように、じっと目を合わせてくるアクアニード。私はなぜか逃げることができず、身体が固まってしまっていた。
「ねぇ、王女殿下。あなたが愛しているのは誰ですか?誰を伴侶に求めていますか?」
囁くように尋ねる声が、私の中にするすると忍び込むみたいに思えた。
逃げたい。
逃げられない。
この状態は絶対におかしい、そう気づいた私は瞬きすらできそうにない状態で懸命に抗おうとする。
「抵抗しないで、フェアリス……。大丈夫。これが最善の道なんですよ……」
「ア……ニード」
まさかこれって魅了スキル?
ぐっと手を握り締め、必死で抵抗するけれどどんどん意識が飲まれそうになっていった。
「あな、た、れ、錬金術……でしょ」
自分で聞いて驚くほど、枯れた声が出た。
アクアニードは笑みを浮かべたまま、私の頬に指をかける。
「魅了はたまたま錬成できたジョブですよ。あるとき私は考えたんです、ジョブや能力を錬成できないかと」
錬金術士がそこまで万能だとは思っても見なかった。
いや、アクアニードが有能だっただけのことかも。多分、ジョブがバグっている。
そうか。
彼の見つめられるたびにぞわっとしていたのは、あれは魅了を無意識に弾いていたからなんだわ。
「あなたに魅了が利きにくいので苦労しました。周囲に認識阻害の魔法を張り、こうして二人きりの空間でなければ術がかからないなんて困った子ですね」
アクアニードの顔がどんどん近づいてくる。
このままではキスされてしまう。
「くっ……!」
えーっと、魅了だとわかったんだから解除すればいいんだよね。
鈍る思考で、必死に魔法を思い出す。
なんだっけ、キュアじゃケガが治るだけだから魅了は解けなくて……
キュアポイズン、じゃないな……
なんだっけ。
いっそ殴って逃げようか。
混乱を極めた私が暴力に訴えようかと思った矢先、ふいに周囲の空気が軽くなり、聞きなれた声が耳に届いた。
「状態異常解除」
ふわっと私のまわりに温かな風が巻き起こり、瞬きより早く身体が浮き上がる。
「きゃっ……!」
ぐいっと身体を持ち上げられ、気づいたときにはガゼボの外に連れ出され、アクアニードから5メートルほど遠ざかっていた。
「おまえっ!」
アクアニードが鋭い目を向けるのは、私を抱きかかえているオルフェードだ。
魅了が切れて脱力した私は、まだ頭がぼんやりとしているけれどオルフェードの体温にホッとする。
「強い魔力を感じて来てみれば……よほど国が欲しいらしいな、アクアニード」
「オルフェード……なのよね?」
私の知っている優しくてかわいい彼じゃない。
それに今、オルフェードらしき人物はしっかりと私の肩と膝裏に手を回し、まさかのお姫様抱っこだ。
彼は前を向いたまま、アクアニードを睨みつけている。
「女に頼って国を牛耳ろうなど、ばかばかしい」
こんな風に嘲笑うなんて、どう考えてもオルフェードのすることじゃない。
その豹変っぷりに茫然とする私よりも、アクアニードの方が適応していた。
「おまえ、そっちが本性か」
悔しげに眉を寄せ、アクアニードが拳を握り締める。
「フェアリスは返してもらう」
「っ!?」
まさかの呼び捨て!!
いやぁぁぁ!私のかわいいオルフェード、どこ行ったのぉぉぉ!?
そしてオルフェードがアクアニードを睨んだだけで、周囲の地場が歪んだ。
「がっ……!ああああ」
ガゼボの石畳に全身を打ち付けたまま起き上がれないアクアニード。
呪術師が使う重力魔法で、アクアニードは地面にべったりとひれ伏していた。
「しばらくそうしていろ」
低い声は、侮蔑を含んでいる。
見たことがないほど冷酷な目でアクアニードを見下ろすと、オルフェードはくるりと身を翻す。
私を抱いたまま颯爽とガゼボの屋根に乗り、そのまま宙を歩くようにして城へと向かった。





