打ち明けましょう、本音を
――コンコン。
「はい」
魔導士団の一室。私は控えめに扉を叩く。
「フェアリス様、どうぞ」
「ありがとう」
結婚相手を見つけるまであと3日。
私は今日もトンネルの話をしに、オルフェードのもとにやってきた。ということになっている。
打ち合わせは着々と進み、ついでにオルフェードの領地へ人員を補充することまで話せた。しかし本題は話せないまま、時間だけが過ぎていく。
「フェアリス様?」
私の態度に違和感を持った彼が、斜め前の席から覗き込むようにして様子をうかがってきた。オルフェードの柔らかな雰囲気は、私を癒してくれるから好きだ。
「どうかしましたか?結婚相手のこと、でしょうか?」
それしかない、とばかりに問うオルフェードに向かって、私は苦笑して返す。
「あと3日しかないなって思ったら落ち着かなくて」
「ですね」
オルフェードは立ち上がり、空になったカップに紅茶を注いでくれた。
私が口を開くのを待ってくれているみたいに思える。
ああ、でも言ってしまって嫌われたらどうしよう。そう思うとなかなか本題に入れない。
「ナミアーテのことは聞いている?」
何気なくそう尋ねると、彼は小さく頷いた。情報源はジョーくんだろうな。
「自由な感じで……えーっと、ダンテ様とエインリッヒ様とお付き合いされていると伺いました」
「そうらしいの」
「フェアリス様は、どうなさるおつもりですか?あの、やはりアクアニード様と……」
オルフェードは、おそるおそるといった風に疑問を口にした。
多分、その予想は城中のほとんどの者が思っているのと同じだろう。ナミアーテがあんな感じである以上、私がアクアニードを結婚相手に指名すると。
「私は」
「はい」
青緑色の瞳が私だけを見つめている。
じぃっと見つめられると勘違いしそうになるので、私はふいっと目を伏せた。
「私は」
「……」
「アクアニード様は、やはりお嫌なんですね」
「え?ええ、それはそうよ」
机の上で組んだ手に視線を落とし、私はついに本題を告げようとする。
心臓がドクドクと動きを速め、息がしにくい。
何度か深く瞬きをしていると、オルフェードの手が私の両手にスッと重ねられた。
「あなたはどうされたいのですか?」
「っ!」
またこの目。
いつものオルフェードじゃなく、試すように、からかうように意地の悪い目で私を見つめてくる。
「大丈夫です。ちゃんと聞いていますから」
「オルフェード……」
これじゃあ、私の方が部下みたいだ。
年齢だって私の方が2つ上なのに。転生を含めたら、けっこうな年嵩なのに……。
オルフェードなら、私の本音を聞いても引かないかな。
じっと見つめ返すと、彼は何も言わずに黙って待ってくれているようだった。
「私」
「はい」
「私……」
ゴクリとつばを飲み込んで、私は本音を口にする。
「国が、欲しいの」
「………………は?」
しんと静まり返る部屋。
私はぽかんと口を開けるオルフェードに、叫ぶように気持ちを伝えた。
「だって!あんなにがんばって七国戦争を終わらせたのに……!終わったらさぁこれから内政がんばろうってなるでしょう!?それなのに、結婚相手を据えなきゃ国政に携われないなんてどうかしてるわよ!女に生まれたことがそんなにダメ!?女でも戦場に出たじゃない!当然、私だけの手柄じゃないけれど、私だってがんばったのに!それもこれも全部、平定したら国を豊かにできるって思っていたからぁぁぁ!」
「いや、はい、まぁそうですよね」
私はガシッと彼の手を握り返した。いや、捕まえた。
「ねぇ、あなたどう思う!?このままお父様の言うとおりにして泣き寝入りして、私の未来は明るいはずないと思わない!?アクアニードと結婚したら、それこそ私は子を産んで血筋を繋げるだけの存在に成り下がるわ!私がしたいのは結婚じゃなくて国づくり!なりたいのはいいお母さんじゃなくて、いい領主なのよー!!」
ずっと宰相のそばでついて政治を学び、財務大臣補佐までしているアクアニードだ。戦場でならともかく、きっと私より人望がある。このままでは私はただの妻になってしまう!!
「どうせだったら割り切って、ごりっごりの政略結婚でいいの!でも相手が政治に食い込む人じゃ困るの!私にすべてを任せてくれる人じゃないと!」
絶叫する私を見て、オルフェードは呆気に取られていた。
私はここぞとばかりに畳みかける。
「オルフェードはわかってくれるわよね!?私がこのまま家庭に収まるような女じゃないって、わかってくれるわよね!?私の味方よね!?」
「え?はい。えっと、ソウデスネ」
よし、言質は取った。
これからが本番だ。
私はふぅっと息を吐き、オルフェードから手を離してしっかりと向き直る。
「ちょっと聞いて欲しいことがあって。これはまだ打診していない段階の計画なんだけれど……」
「はぁ」
内緒話をするために、私は彼に顔を寄せた。
彼もつられて顔を寄せる。
――コンコン。
しかしここで思わぬ邪魔が入ってしまった。
私たちは二人して椅子をガタッと鳴らし、飛び上がるように離れる。
「は、はい……」
彼の消え入りそうな声が宙を漂い、けれどそれはしっかりと扉の向こう側に届いたようで。
キィとかすかな音を立てて扉が開く。
「失礼。ここに王女殿下がいらっしゃると聞いてきましたが……あぁ、やはりここでしたか」
入ってきたのは、アクアニードだった。
赤い髪がさらりと揺れ、柔らかく微笑みかけてくる。
「アクアニード、どうして」
唖然とする私。オルフェードは慌てて立ち上がり、右手を胸の前に当て、礼を取る。
アクアニードはくすりと笑うと、困ったように言った。
「フェアリス様を尋ねたら、侍女からこちらだと聞いて。なかなか会いに来られませんでしたが、時間ができたのでぜひお話がしたいと思って来たのですが、お邪魔でしたか?」
「いえ、そんなことは」
おもいっきり邪魔です。
私はこれからオルフェードに作戦を打ち明けて、協力を仰ごうと思っていたのに。
けれど、ここで私がアクアニードを無碍に扱えばあと3日という期間を平穏無事に過ごすことができないような気がする。
渋々といった内心をひた隠し、私はおほほと笑いながら席を立つ。
「えーっと、オルフェード。トンネルの件はよろしくお願いします」
「は、はい」
私は扉の方へ向かい、アクアニードが差し出してきた手を取った。
「お話は、温室の方でかまわないかしら?すぐにジョーエスに準備をさせるわ」
扉の前にいた護衛に視線を向けると、彼らは静かにその場を離れる。彼らの上司はジョーくんだから、アクアニードが接触してきたことはすぐに伝わるだろう。
「では、参りましょうか。フェアリス王女殿下」
「ええ」
ぎゅっと握り返された手が気持ち悪い。
まじまじと至近距離で見つめても文句なしの美形なのに、こんなに拒絶反応が出るなんて本当に不思議だ。
私が魔力なしだったなら、こんな不快感を抱かずに彼と人生を歩めたのだろか?
温室までの十分ほどの時間、私たちは表面上はにこやかに話しながら歩いていった。





