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神の僕と証について。洗礼された街について。

 長崎と言えば教会は山ほどある。その教会群は世界遺産に登録されてさえいる。この比較的リアルに近い世界では普通、超能力は脳内でのニューロン生成くらいにしか使われない。それ以上のことに使う人間たちを僕らはチョーノーリョクシャと呼ぶ。念動力だけが存在するこの世界で、五十六億年の余生を残し死につつあるこの世界で、分岐した多世界のチョーノーリョクシャを呼び込む人間がいる。名を今崎新という。彼はチョーノーリョクシャだ。僕らは彼のことを知らない。彼の過ごしてきた歴史を知らない。彼の育った世界を知らない。そうして僕らはこの比較的リアルな世界で殺人者へと転落しようとしているのだ。銅像だけが並び、過去の忍びがたきを忍び、耐えがたきを耐えた、聖人たちの姿を今に写す。日本二十六聖人殉教地にその男はいた。観光客が行きかう中で、にこやかに笑う一人の神父はそこにひざまずいていた。姉上のチョーノーリョクはどうやら精度が良すぎた。見るからに神父だと言い出しそうな法衣に身を包んだ男を目の前にして、僕は今崎新という名にピンと来なかった。もっと、がっしりとして精気に溢れた活動的な男を勝手に想像していた。だが、目の前にあるのは何だ。壮年を超えた柔和な微笑みをたたえる男の頬がバラ色に染まり、上気した明るい朗らかな声が響き渡る。穏やかなる壮年の紳士が立ち上がり、問いを発する。

「私は、今崎新です。主は私の呼びかけに答えたもうた。あなたたちも精霊たちの遣わした天使たちなのですね!」

 致命的にどこかが間違っている台詞に僕は顔をしかめる。姉上は躊躇わない。天空の司書は怪訝な表情で男を見つめ、P・Mこと九条さんは、目を白黒させる。全くどこが偵察だ。敵は視線のど真ん中だった。姉上のチョーノーリョクが男に対して有無を言わさずその全てを暴露させようとし、そして、失敗した。姉上が怪訝な表情で男のことを見つめる。男の表情が冷たいものに代わる。

「そうか。違ったか。ただの超能力か」

「なら気づくことね。あなたの『力』も神の恩寵では有り得ない」

 舌戦が始まった。僕らは単なる人殺しか?

 そうでないとするならたとえ馬鹿げた選択であっても取らざる終えない。例えば、北条氏に対して秀吉が惣無事令を公布したように、例えば、アメリカが日本に対して原爆投下の前に警告のビラを撒いて回ったように。実際のところ平和的解決手段があればそれが一番良いのだ。例え、それがどんなに無理なことだと分かっていても、結局、人は人を信じ、話を交わし、分かり合おうと努力することしかできないのだ。

「ならばなぜ貴女の『力』は私に届かぬのでしょう?」

「それは…」

 姉上が詰まる。その小さなのど仏が唾を飲むために上下する。

「主は私の下に天使を使わされたのですよ?」

「馬鹿ね。あなた」

「彼、彼女は、G・Gと名乗りました。あの方が全てをよきように計らわれるはずです」

 それは、信じ切った男の声だった。僕は『力』を通して神を追う。似姿たるGODのことを。

「愚かしいにもほどがあるわね」

「主は我々全てを見ておられる」

 澄み切った声だ。

「そんな観測精度を持ったチョーノーリョクシャは存在しない」

「悪魔でさえその程度のことはできるのですよ。いわんや天使が、いわんや神が、出来ぬはずがないではありませぬか?」

 それは、決して覆ることの無い信念の声だ。彼は、例えこの世界が無限に広がっていたとしても、無限に連続していたとしても、無限にずれた認識の数だけ存在するものだとしても、その信念を決して曲げないだろう。

「悪魔?」

「あなたたちのことですよ」

 僕らは確かに悪魔だった。彼、今崎新にとっては。

「『力』を乱用したあんたこそ悪魔よ」

「神は汝らのことさえも憐れみたもう」

「もういい。それ以上の御託はいいのよ。退くか退かないか、今決めなさい」

 こういう時に限って姉上は癇癪を出す。姉上には大魔法使いG・GがP・Mに向かって語ったような恋い焦がれるものは必要ないのかもしれない。姉上はいつも誰かに対して二択を迫る。それ以上の分岐が存在しないかのように。

「元よりこの身は神に託したものなれば」

「交渉決裂ぅ!」

 姉上が嬉しそうに叫びあげる。

「愚かな」

 僕が見立てたところでは、この今崎新はなかなかのチョーノーリョクシャだ。姉上の有無を言わせぬチョーノーリョクの支配に抵抗できるほどには強力な能力者だった。普通の人間が脳内のニューロン生成にしか用いない念動力を比較的強い強度で用いることができるのだろう。だが。それが奇跡だろうか。念動力は念動力に過ぎないと言うのに。

 今崎新はひざまずくと、両腕を動かした。

「愚かなのはそっちでしょ。ばぁーか!」

「今は天使たちを呼ぶ時間も場所も無いのですよ。それに私には仕事もあります。後にして下さい」

 そして今崎新の姿が掻き消えた。同時にその背に背負いし空間が衝撃音とともに爆発する。数十人の観光客の視線が振り返る。姉上がチョーノーリョクを発揮すると同時に、観光客の視線が消える。ああ。人はなかなか常識に反することを信じないものである。で、ある以上、僕は、もう一ランク神父のチョーノーリョクシャランクを上げざるを得ないわけだ。言い直そう。敵はかなり強力なチョーノーリョクシャだ。今崎新がひざまずき十字を切った後に残されていたのは燃えさかる空間に舞う一枚の紙切れだけだった。

「追跡は?」

 姉上が獲物を見つけた猟犬のように息巻いている。天空の司書様こと、美奈は静かに舞っている一切れの紙を指さして言った。

「そこに舞う紙切れを読めばわかるでしょう」

 熱波が収まるのを待ってP・Mが名刺を手に取った。そこには単調な機械的文字でこう書いてあるだけだ。

 長崎平和記録教会神父

 今崎新

 と。

「さっさと追うわよ。この鈍くさ共」

「はいはい。わかったよ、姉ちゃん」

 僕は渋々、

「お姉さまのあの強気はどこから来るのですか?」

 P・Mは感動したように、

「私たちは一撃の下、敵ののど元に即座に食いつくべきでしょうか?」

 天空の司書様はやれやれとでもいいだしそうに、三者三様の態度で、猟犬モードの姉上に対して返答を返す。時に時間は正午を十五分過ぎていた。残り時間は三時間四五分。僕に限れば三時間三十五分。時間は無為に過ぎ、敵は気づいた。果たして本当に三時間三十五分も残っているだろうか。そうやって考えている間に、もう一分間が過ぎていた。

「駄目。強力なチョーノーリョクで時間の流れが変えられているわ。直接には後を追えないわ。結界みたいなものがあるのよ。追うには」

 姉上の目線がバス停とタクシーの上に交互に停まる。そして困惑したまま姉上は問いを発して僕ら四人は顔を見合わせた。

「どっちが財布にやさしいかしら」

「いや。姉ちゃん。バスの路線図とか見る暇ないだろ」

「今月は私の財布、ピンチなのよ」

 結局のところ、タクシー代は僕と姉上で八対二の分担することになった。女の子は色々とお金がかかるものらしい。全く。魔法使いとチョーノーリョクシャが四人もそろって金欠に泣くというのもどうなのだろうか。どうせだったら美奈の魔法か姉上のチョーノーリョクで何とかして欲しい。僕が、そんな風なことを愚痴ったら、それじゃあ、相手と同じじゃない、だまして働かせて取り分だけを得るなんてフェアじゃない、なんて返事が返って来て、本当のところ吹き出しそうだったよ。本当のところはね。フェアじゃない。確かに二度も街を、都市圏を、生活圏を、日常を失うなんてフェアじゃないよ。そして、僕らはと言えば、同じ道を辿らないために殺人者になるというのもフェアじゃない。全く、おかしな話だった。今崎新は人の好い壮年の紳士だった。僕らは、彼を殺すか、捕えるかしなければならなおい。そして、相手は手ごわいチョーノーリョクシャだ。なら結果は分かっている。死だ。それしか方法は無いだろう。いかれている。最高にいかれている。僕は夢の世界を旅する旅人だ。幾百万もの世界を飛び回り、その全てに存在し、存在しない、旅人だった。殺し、殺されるのは、現代の日常にふさわしい事とは思えない。それは、ねじが少しだけ狂っている異世界にこそふさわしいものに思えるのだ。僕は比較的リアルなこの世界の一分であるナガサキを眺めていた。僕は、ふと夢想する。いつか原爆が降って来て、ぽろぽろと突然原爆が降って来て僕らのことを影も残さずに消し去ってしまうのだ。僕らは爆心地で痛みも感じずに死んでしまうのだ。そんな夢想。夢想に対しては現実がある。そして現実の標的はナガサキでは無く都心だった。そしてぽろぽろと降ってくるのは原爆よりもなお恐ろしい破滅だった。見渡す限り地上のクレーター。それが全てだった。タクシーの中でも時計は動き続ける。残りの時間は二時間半。時計の針は一時二十分を過ぎようとしていた。

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