休日の『外食』バトルと、甘すぎる独占欲の境界線
◇
大学での『完全解禁』の日常が定着してから、最初の土曜日。
雲ひとつない秋晴れの空の下、私たちは久しぶりに二人だけで駅前の商店街を歩いていた。
「……ふふ、休日に樹くんとお買い物なんて、最高のデートですね♡」
涼香は私と恋人繋ぎをした手をそのまま自分のコートのポケットへと滑り込ませ、身体をキュッと寄せてきた。
どこへ行くにも、どんな時でも私との距離を零に保とうとする彼女の姿勢は、すれ違いを乗り越えて以降、ますます研ぎ澄まされている。
「涼香、今日はお昼、どこかで食べていこうか? たまには外食もいいかなって」
私が提案すると、涼香は一瞬だけ琥珀色の瞳を丸くしたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、外食ですか! 良いですね。樹くんの食べたいお店へ行きましょう。……私の作ったご飯以外を口にするのは少し悔しい気もしますが、樹くんとのデートなら喜んでお供します♡」
商店街には、オシャレなカフェや和食処、洋食屋などが建ち並んでいる。
私たちは通りを歩きながら、どのお店に入ろうか品定めをしていた。
「あ、あそこのパスタ屋さんなんてどうかな? 結構雰囲気良さそうだし――」
私が指をさしたその時だった。
「――あ! もしかして、樹くん!?」
不意に、通り沿いのカフェのテラス席から明るい声が上がった。
振り返ると、そこには大学の共通講義で同じグループワークになったことのある、他学部の女子学生・高橋さんが立っていた。
「やっぱり樹くんだ! 久しぶり〜! あれ、今お買い物?」
「あ、高橋さん。うん、ちょっとね」
軽い挨拶を交わそうとした、その一瞬――。
ゾクッ、と背筋を凍りつかせるような圧倒的な『冷気』が私の右隣から立ち昇った。
「…………」
無言。
だが、涼香の手がポケットの中で私の手を粉砕せんばかりの力で握りしめられる。
彼女の琥珀色の瞳からは光が消え去り、かつて『法学部の氷山美女』として全校生徒を震え上がらせていた、あの冷徹で恐ろしいまでのオーラが全開になっていた。
「あ……えっと、こちらの方は……?」
高橋さんが涼香の凄まじい威圧感に引きつった笑いを浮かべる。
涼香は私の腕を両手で抱え込み、胸の柔らかさを惜しげもなく押し当てながら、氷のように冷ややかな、それでいて絶対的な誇りを込めた声で言い放った。
「――初めまして。夏目樹の妻、夏目涼香と申します」
「つ、妻っ!?」
「ええ。現在、夫と二人で大切な『愛のデート』の最中ですので……私どもの時間を邪魔なさらないよう、速やかにご退場いただけますか?」
「ひ、ひえっ……! ご、ごめんなさい! お邪魔しましたーっ!」
高橋さんは脱兎のごとく店の中へと逃げ込んでいった。
「り、涼香……! 今のはただの大学の知り合いで、挨拶しただけだから……っ!」
私が焦って弁明すると、涼香は私の正面へ回り込み、私の両頬を自分の柔らかい手のひらでギュッと挟み込んできた。
「……分かっています。樹くんが悪いわけではないことくらい」
「じゃ、じゃあなんであんなに……」
「嫉妬です!」
毅然と言い放つ涼香。
その頬は綺麗な朱色に染まっており、琥珀色の瞳には潤んだ情愛と、隠しきれない強い独占欲が宿っていた。
「私以外の女性が樹くに親しげに話しかけるだけで、胸の奥が焼き尽くされそうなほど苦しくなるのです……! あなたの笑顔も、声も、視線も……すべて私だけのものなのですから……っ!」
「涼香……」
自分の重すぎる愛情を隠そうともせず、真っ直ぐにぶつけてくる妻。
かつての『理想の妻』を演じて無理をしていた頃とは違い、今の彼女の嫉妬はどこまでも素直で、楽しまずにはいられないほど愛おしかった。
「……ごめんなさい、樹くん。また困らせてしまいましたね……」
私の反応を恐れるように、小さく首をすくめる涼香。
私は彼女の手の手を優しく握り返し、ふっと笑みをこぼした。
「困ってないよ。……涼香がそれだけ俺のことを好きでいてくれるのが、すごく嬉しい」
「……っ! 樹くん……♡」
「それにさ、外食はやめよう。……お家へ帰って、涼香の作ってくれたお昼ご飯が食べたいな」
私の言葉を聞いた瞬間、涼香の顔に花が咲くような満面の笑みが広がった。
「……はいっ! とびきり美味しい特製ランチを作って差し上げます! 今日の残りの時間は……お家でずっと、私に甘やかされていてくださいね♡」
◇
二人きりのマンションへと戻り、涼香の特製オムライスを食べ終えた後。
リビングのソファで、私はいつものように涼香の膝の上に頭を乗せていた。
太ももの柔らかい感触と、髪を優しく撫で上げてくれる彼女の指先。
「……ふふ、やっぱりお家が一番ですね、樹くん」
「そうだね。涼香の膝の上格別だよ」
上目遣いに微笑む私に、涼香は蕩けるような甘い顔で身を乗り出し、私の唇にそっと口づけを重ねた。
「大学でも、街中でも、お家でも……私は一生、あなたを誰にも渡しません。ずっと私の膝の上で、私の手の中で、ダメ人間になっていてくださいね♡」
「ああ……喜んで」
秋の穏やかな陽光が差し込む部屋で、二人の甘く過保護な飼育生活は、どこまでも深々と、幸せに続いていくのだった――!




