エピローグ(後編):ストリート・プロトコル・明日のソースコード
クソ親父の最低最悪の「夜の営みデバイス」の自白(ログ開示)によって、喫茶「フォックステイル」の一階が一瞬にして絶対零度まで凍りついた後。
夕暮れ時の気怠い潮風が、一階のドアの隙間から、珈琲の香りと共に親父の煙草の煙をストリートへと連れ去っていった。
「……はぁ。やりたかないねー、ホンマによー。世界史のノート、ちゃんと明日の一限までに写しとけよ、博雅」
「あ、あぁ……分かってる。今回は本当に……色んな意味で、安倍家には恐れ入ったわ」
世界史の教科書で顔を真っ赤に隠したまま、博雅がようやく世界線のバグから復帰して立ち上がった。智規叔父さんの件、そして源家の内乱という最悪のストリート・トラブルをクローズした実戦部隊の頭は、どこか吹っ切れたような、だけど相変わらず実直な顔で店を後にした。
「じゃあな、晴明、道満。また明日、学校のドメインでな」
カランカラン、と軽いドアベルの音が響き、博雅の広い背中が夕闇の街へとログイン(歩き出す)していく。
「……なぁ、晴明。うちらも、ちょっとポートタワーの方まで歩かへん? ノートの写し、歩きながらでもええやんか」
カウンター席でピンクのペンを片付けながら、道満が少し上目遣いで、あざといクエリ(おねだり)を投げてきやがった。
「……しゃあないな。ノートの文字データ、歩きながら俺の脳内OSに同期させろよ」
俺は気怠くエプロンを外すと、ポケットの中に五芒星のジッポが入っているのを確認し、道満と共にフォックステイルの自動ドアから、夜の帳が下り始めた神戸のストリートへと滑り出た。
アスファルトが昼間の熱を完全にデリート(冷却)し、冷たい夜風が波止場の方から吹き付けてくる。ポートタワーの赤いネオンが、神戸の海の黒いテクスチャに歪んだ残光をレンダリングしている、最高に気怠くて、どこかヒリついたストリートの夜だ。
「……なぁ、晴明。やっぱり、変わってしもたんやろか、この街も」
自動販売機で買った冷たい缶コーヒーを両手で転がしながら、道満がぽつりと、寂しそうなパケット(音声ログ)を漏らした。
わかるよ、道満。
あのチート級の最強のバグ抑止力――酒呑童子(酒井 瞬)がこの世界から消去されて、まだ数ヶ月。そのシステムエラーの隙を突くようにして、姫路を巨大な囮にした『コレクター』という正体不明の術士どもが、日本の表と裏をひっくり返そうと牙を剥いてきた。
今回は、我が家の最強の母ちゃん(葉子さん)の七本目解放パッチによって、侵入してきたネズミどもは塵一つ残さず強制終了された。だけど、保憲が言っていた通り、コレクターのボスの本尊(アドミン権限)は、まだこの夜の街の、どこか深いダークウェブの深層に潜ったままだ。
とある小説の池袋の西口公園で、トラブルを一つ片付けるたびに、次のより巨大な闇のトラフィックがストリートの奥から這い出てくるような、あの最悪にゾクゾクするクソみたいなトラブルシューター宜しく俺達は神戸の掃除屋だ。
「……まぁ、変わるも変わらんもさ。この街のソースコードを書き換える主権(アドミン権限)を持ってるのは、外道のハッカーどもじゃないやろ」
俺は立ち止まり、冷たい缶コーヒーをごくりと飲み干すと、ポケットから五芒星のジッポを抜き出した。
カチャ、と夜のストリートに軽い金属音を響かせて蓋を開け、親指でホイールを回す。青白い無色の氣の炎が、俺の冷え切った網膜のOSを静かに照らし出した。
「やりたかないねー、ホンマによー……。でもさ、この神戸の街にどんな最悪な特級バグコード(禁忌)が迷い込んでこようが……その都度、俺たちの手で一ビットの残響も残さずに、根こそぎシステム強制終了してやるだけやろ」
「……うん! うちの呪術と、あんたの無色の氣があれば、どんな巨大ノイズも一瞬でデバッグ完了やね!」
道満が顔を赤らめながらも、爛々と輝く瞳で俺の横顔を見つめ、ピンクのペンをぎゅっと握りしめた。
酒呑童子が消えた世界の、その先。
これから始まるであろう、コレクターの残党や、まだ見ぬ新たな暗黒のネットワークとの本気の防衛戦。
俺はジッポの蓋をパチンと閉め、夜のネオンが怪しく輝く神戸のストリートの闇の奥を見据えながら、ふっと気怠く、だけど最高に不敵な笑みを網膜の奥にレンダリングさせていた。
(第四シリーズ『白鷺城のホワイトアウト編』・本編およびエピローグ・完全終了)




