第十話:白鷺のバックドア・更新されたルーム・フラグ
「……現段階では、事件性なしの自殺として処理されることになると思う」
ロビーの重苦しい空気の中、智規叔父さんが淡々と告げたクエリの処理結果は、最悪なものだった。傷口から立ち上るあのどす黒い霧の痣は、一般の警察のシステム(網膜)には逆立ちしても観測できない。公的なログは「突発的な自殺」として処理が確定してしまう。
「――なんでよッ!!」
その言葉に、雅さんが泣きながら智規叔父さんに食ってかかった。
「あの人は、うちの親友と一緒に姫路城へ肝試しに行った男の子なんよ!? なんでそれが自殺で終わるん!? あれだけ最初から、みんなが行方不明になってるって警察に言うたのに……!!」
大粒の涙を流して慟哭する雅さんに対し、智規叔父さんは眼鏡の奥の目を微塵も動かさず、冷徹な警察のプロトコル(規則)を突き返した。
「雅さん、君の気持ちは分かるが、行方不明届というのは原則として親族からしか受け付けられない決まりなんや。……それに、こちらで調べたが、消えた四人の親たちは誰も届け出を出していない。『どうせまたどこかで悪友と遊び歩いとるんやろ』とな」
社会のネグレクトという名の冷酷なエラーコード。親たちがバグっているせいで、四人の失踪は公的なログにすら残っていなかったのだ。あまりの理不尽さに雅さんが膝をついて崩れ落ちる。
「……まぁまぁ、雅ちゃん。とりあえず今は頭を冷やそうや。智規の言う通り、まずは休まんとリソースが持たへんわ」
デレデレしたノイズを完全に消去した親父が、静かに雅さんの肩を抱いて宥める。智規叔父さんはそれを見届けると、俺と道満の方へ歩み寄ってきた。
「とにかく、今夜はもう寝なさい。……ああ、それと泰臣さん。勝手に変なパッチ(悪巧み)当てようとしとったみたいやから、全員分の部屋はシングルで取り直したからな。無駄な同期は期待せんと、自分のセクターで大人しくシャットダウンしておけ」
「ダブル一室」という、俺の理性を脅かしていた最大にして最強のフラグが、智規叔父さんの管理者権限によって一瞬で消去された。
――更新されたルーム・フラグ。
博雅は「残念やったな…晴明」と死んだ目で囁き、道満は顔を真っ赤にしたまま、ほんのり残念そうに俯いた。
なぁ、あんたならどう思う?
大人の事情と、親たちの無関心。そんな最悪な壁の裏で、四人の命は今も『何か』のハッキングの素材として消費され続けている。
「……やりたかないねー、ホンマによー。隣で人が死んだ直後に、シングルルームで一人寂しくシャットダウン(就寝)かよ……」
それぞれの部屋にログインし、冷たいベッドの中で俺は目を閉じた。左手の感覚が、地脈の奥底から伝わってくる不気味な脈動を捉えて離さない。
夜は静かに明けていく。
消えた残り三人のログが完全にデリートされる前に、俺たちは朝一番の白鷺城へとログインしなければならない。




