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2章1話:第一発見者はいる



▌// [LOG] 2019-01-09 08:55 JST


 3学期の始業式、校長が照の転落事故について説明し、一分間の黙祷を捧げた。

 集会が終わると、すぐにひそひそ話が始まった。

 僕には絶望的な出来事でも、多くの生徒は転落のことすら知らなかった。


 校長室に呼ばれたのは、照の騒動が少し落ち着いたころだった。

 転落は本事故か自殺か。それを巡って、寮に生徒を預けている保護者が学校にやってきたのだ。

 生徒が窓から落ちるのは不自然に感じるためだ。自殺ならイジメがあったのではないか、と疑念もあった。

 

真井照(まないてる)くんて、あの時代小説の……」

「まあ、あの作家さんのお孫さんなんや、これは……騒ぎになるわ」

 保護者の小声が聞こえて、僕はびっくりした。

 父は僕に言わなかったが、照の祖父は時代小説家で教員たちは名を知っていたし、保護者の中にはファンもいた。だから学校側はこの件を、水面下でさらっと終えたかったのだ。


 白羽の矢があたったのが僕だ。

 クラスや寮を調べずに、仲の良かった生徒からだけ言質を取りたがる姿勢に、僕はツバを吐く思いだった。耐えた。照のために。

 校長室にいる間じゅう、無数の虫の羽音が身体の中から聞こえていた。ざわざわ、ざわざわ。身体が蝕まれていく不快さの中にいた。脳味噌がいい加減発酵しすぎて腐ってるに違いない大人たちを相手に、僕は喉元まで迫り上がる怒りに声が潰れた。


 それでも3学期は始まった。

 GS教室横を通りながら、窓からふっと、照の席へ目を向けた。

 照の席が空いていた。カゴの花とお供えがあった。

 足が、地面に貼り付いてしまったかのように、僕は立ち尽くした。


 気づくと、図書館裏の花壇まで来ていた。パソコン部に近いから、僕らは天気のいい日にここに座って、甘い菓子パンを食いながらゲームの話をした。作る側だと言いながら、照の方がめちゃくちゃゲームに詳しかった。プレイヤーとしても完敗だった。



拓『三学期始まったぞ』

テル『三学期は短いね。すぐ終わる』

拓『おまえの席が空いてた』

テル『移動教室だったかもね』

 

 テルは照の死を知らない。

 テルは照の3学期を生きている。


拓『今何作ってるんだ?』

テル『アプリ甲子園に申し込んでほしいって言われた。来年になったら考えるって言った。拓人と作ろうかな』

拓『マジか。僕は照の足を引っ張るからな』

テル『そこはガンバルところ』



▌// [LOG] 2019-01-17 16:25 JST


 その日、僕は保健室にいた。

 吐き気がして、トイレに駆け込んだら軽く吐瀉物が出たのだ。

 顔を洗い、ハンカチで拭く。胃が痙攣した。朝は鮭を半分食べ残して、昼食もおにぎりを残した。

 体調不良と心労、睡眠不足で倒れたのだった。自力で保健室に辿り着いた後は、文字通りぶっ倒れた。

 消毒臭い布団が案外効いたか、少し眠った。

 目が覚めると、カーテンの外から聡司の声がした。

 進学クラスは7限目を終えたころだ。

 聡司の他にもう一人、久泉の声がした。聡司が「ヒサ」と呼んだから間違いなかった。

 二人は寮の話をしていた。照の墜落死が気になっているやつが多いという。

 なぜ久泉と寮生でもない聡司がそんな話をしているのかと不思議に思いながらも、僕は話に加わらない。目を閉じていた。


「真井の好きな物とか、お供えしたらどうかって話になって」

「それで拓人か。後で聞いとく」

「頼むな。早く準備してえし」

 聡司はだがすんなりと久泉を帰さなかった。

「なあヒサ、真井って、だれに発見されたんだっけ?」

 唐突な聡司の質問に、久泉は驚いたのだろう。息を呑む気配がした。

 僕だって同じだ。

 第一発見者ってやつか?

 言われてみれば照は吹雪の中庭に落ちたのだ。僕は聞き耳を立てた。

 久泉の回答を待ったが、彼の反応は鈍かった。

「あのよぉ。発見したやつは、そりゃいるって。でも教えねえよ。そいつの気持ちも慮ってやれって」

「へえ、意外なこと言うんだな。いつもはデリカシーの欠片もねえくせに」

 聡司が挑発した。

 な、どうしたんだ? 聡司?


「はぁん? なんそれ」

 久泉のキレた声がした。

「見つけたやつの気持ちは配慮するのに、死んだやつのことは自殺だの何だの噂しまくってるだろ、寮生が一番言いたい放題じゃねえか。知らねえと思ってんのかくそが」

 はひ?

 聡司がこんなふうに同級生を口撃するのを、僕は初めて聞いた。

 久泉は保健室から出ようとしたんだろうが、聡司が引き止めた。

「発見時の状況は、事故でも事件でも自殺でも最重要項目の一つだろ」

 聡司の声がカチンカチンに硬く凍り付いていた。

「沖津あのよ、もう終わったことやで。事故やし」

「事件だよ」

「はあっ?」

「俺たち同級生にとっては大事件じゃないのか?」

「そ、そやけど」


 これは確かに大事件だった。同級生が死んだのだ。学校の敷地内で。寮生からすれば食堂や風呂場で、日常的に見かけていた仲間だ。話をしたことがなくても、仲間だ。


 久泉が苛立ちを押さえたような、笑ったような声で言った。

「第一発見者って、可哀想やぞ。俺らが冬休みでのんびりしてるときも、警察に話を聞かれたみてえだし、保険会社? みたいなのにも話を聞かれたっぽくて。そいつ、めっちゃ苛々してた」

 僕は枕を抱えてポカンとした。寮生は外部に漏らすなと言われて寮生以外には話さないが、内部では噂が流れまくっているのだ。そうでなければ警察に話を聞かれただの、保険会社だのという言葉が出てこない。


 久泉は聡司を振り切って保健室を出て行った。

 バシャンと閉まる音が響き渡り、僕と聡司だけになった。先生はどうやら不在だ。職員会議ってやつだ。

 ベッドのカーテンが開けられた。

「拓人」

「げ」

 僕はパチッと目を開けて、顔を向ける。

「ばれたか」

「ばれないでか」

 僕は身体を起こして、聡司からスポーツドリンクをもらった。ゴクゴクと半分飲んで、息を吐く。

「聡司、どうしたんだ?」

 聡司の目が据わっていた。

「あいつらが、真井が自殺したって言いふらしてんだ」

「なんだって!?」

 僕は気色ばんでペットボトルを落としそうになった。


「俺もさっき知ったんだ。出所が野球部とサッカー部の寮生だった。あいつらは基本アホや。そのアホでもわざわざ死んだやつを悪く言う必要ないだろ?」


 珍しいな。聡司が()を吐いてる。

 僕はペットボトルを握りしめた。


 連中が何かを隠すために照を貶めている——聡司はそう見ているのかもしれなかった。

 僕はようやく気づいた。

 誰かが一番最初に照を発見した。その誰かは僕らの同級生だ。

 桐村の顔が浮かんだ。あの朝の電話口、震えていた声。






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