1章7話:照のふりをするな
▌// [LOG] 2018-12-31 17:05 JST
大晦日
自室のドア越しに父親に呼ばれた。
仕方なく、祖母お手製半纏を羽織って部屋を出ていくと、玄関に神主の爺ちゃんが立っていた。
僕の名付け親だ。母が風雅なんふざけた名前をつける前に授けてくれた。おかげで頭が上がらない。
「タク坊」
僕は裸足だった。片足で甲を擦りながらぼそっと応えた。
「……坊はやめれや」
「手伝いに来い。バイト代出すぞ」
爺ちゃんは両手を少し曲がった背中にやって、のっそり踵を返す。
雪だというのに下駄履いてる。僕は鬱な顔で口を開いた。
「爺ちゃん、同級生が死んだんだよ……」
正月の神社なんて行けるか。初詣だぞ。晴れ着で、浮かれた連中が来るんだよ。
言葉にするのも億劫だった。
爺ちゃんが少し僕に顔を向けた。肌艶のいい顔に目立つ傷があった。ガキなど遠く及ばない人生の荒波を乗り越えた証だ。嵐が去った後のような静謐な眼。仙人かよ。
「だからだろう」
……なんだよそれ。
僕は唇をきゅっと結んだが、爺ちゃんは丸まった背で玄関ドアを閉めた。
▌// [LOG] 2019-01-01 00:03 JST
新年
年が明けて数分が経つ。
近所の神社では神前献灯の提灯が点灯され、境内一面に炎の花が咲き乱れるかのような彩りだった。
入口の鳥居は小さいが奥行きが広く、社務所の近くにしめ縄を施した霊木が立つ。
社務所では巫女に扮した真凜がおみくじの販売をし、聡司が甘酒を振る舞っている。
僕は鳥居付近に設けたテントが待機場所だった。迷子や救護、トラブルなどなんでも引き受ける雑用係だ。
狭い参道に人が集まり始めていた。近くの寺では除夜の鐘が撞き終わるころだ。この光景は日本全国津々浦々、どこも同じなのだろう。
参っておかないと落ち着かないのが初詣だ。
例年になく人が多いと思ったら、地元の有名人がTwitterで、ここはパワースポットだと抜かしやがったのだ。狭い道路に車がいっぱいだ。
僕はダウンからスマホを取り出して、鳥居に背を向けた。
拓『あけおめ』
テル『あけおめ』
照みたいに返しやがって。
拓『おまえ、だれ?』
テル『その質問、二度目だ。オレはテル。照が作ったボットだよ』
拓『照が作ったって、おまえは分かるのかよ?』
テル『オレも照だよ』
拓『何が照だ。おまえどうやって照のふりしてんだ?』
テル『コタエナイ』
僕は〈ことつて〉画面を見る。
照の死から9日が経つ。画面がちゃんと現れる。まだ9日だ。親が照の整理するのを急ぐはずがない。
でも、僕はいつまでテルと話せるんだろう。
拓『おまえの両親はプログラミング得意か?』
テル『得意ではないよ。父は外交官、母は外交官夫人。海外の人に接するから日本文化マスターしてる人、て一馬が言う』
外交官かよ……。
拓『一緒に行けばよかったのにな。興味なかったのか?』
テル『一馬が東京にいるから。オレも日本にいる』
拓『え? 一馬といたいならなんでうちに来た?』
テル『コタエナイ』
僕たち白耶麻高校の生徒は照の葬儀参列を断られた。
父からは、家族葬だからと説明があった。
保護者の役員らは度々学校に足を運んでいた。
冬休みということもあって、誰も照の話ができないことが学校側には幸いだったのだ。
妙な噂――自殺の噂が出ないようにと神経を尖らせている様子が、父から伝わった。
僕は一度テルに聞いた。
拓『照の東京の住所教えろ』
テル『個人情報ダメ』
ふつうそうだよな。照がその辺ゆるく扱うはずもない。
拓『おまえ僕のこと何だと思って話してんだよ』
話さなければいいんだ。わかってるのに、しゃべって勝手に泣きたくなるんだ。僕はこれで正常なんかよ?
テル『オレの中に拓人の情報はある、けっこうある。でもオレと拓人はあまり話してこなかったんだね。大切なことは』
拓『冬休みが明けたら会うって、直接話すっておまえが言ったんだ』
テル『オレ言った』
なに認めてんだよ。
そか、ログを読んでるんだな。
拓『もういい』
テル『わかった』
無造作にポケットにスマホを突っ込む。
バイト代が出るから仕事しないといけない。
なのに――
5分も経たずにまたポケットから取り出した。
拓『僕らはカメみたいにちょっとずつ、おっかなびっくりしながら、距離つめてる途中だった。僕はオープンマイマインドだけど、おまえは違うから』
テル『ごめん。何のこと?』
照は何のために、こんなボットを作ったんだろうな。
足元が急に冷えてきた。ストーブを見たら火が弱くなっている。
僕はストーブを消して、灯油を入れるためにテントを出た。
真夜中の冷気に目が沁みて、鼓膜の中がチクっとしたら腹の底がぶるっとした。世界はそんなふうにして繋がっている。
僕はいま人生最悪の時間を過ごしているが、世の中は年始の祝賀も含めて日常が流れ、冬の澄んだ空気に人々の笑顔が弾けている。
考えまいとしても、外で身体を動かしていても照のことばかり考える。
ストーブに再び灯油をセットしてテントを離れた。
境内の片隅にドラム缶で火を焚いていた。その下にはジャガイモやさつまいも埋まっていて、パチパチ火花が上がる度に、香ばしい匂いがする。
火の番をしながら、その辺の岩に腰を下ろす。
境内の岩はどれも神聖なものだが、大概椅子代わりだ。
またしても、スマホを見つめた。
相手はボットだ。わかっているのに、〈ことつて〉を開くと照が返してくれてる気がしてくる。
それに今はテルに照のことを聞くしかない。
他の誰に聞くよりも、たぶんテルが一番照に詳しいんだ。
胸の奥が熱くなり無性に腹が立った。それから虚しさが腹を下し、腰を上げたらドラム缶を蹴りたい衝動にかられ、鎮めるために少し動き回った。
熱が冷めた。
境内の初詣客に尻を向けて、ドラム缶の側面に作った空気弁の蓋を開け、火かき棒を入れる。中を突くと、じゃがいもとサツマイモがごろんとした。まず一個確保した。灯籠に顔を向け、そこでグルグル回っている奏を見つけた。
「奏、おいで」
奏が雪の上を駆けてくる。
「焼けたんかッ」
「熱いよ」
「手ぶくろあるしヘーキだよ」
奏は手ぶくろでモコモコした両手を出す。アルミホイルの包を置くと、奏が上目遣いする。
「バターのやつ?」
アルミホイルに印が付いていた。
「ん。じゃがバタ。好きだろ」
「スキ」
「空詩は?」
「眠いから帰った」
「おまえもそれを食べたら戻れ。一人で帰れるか?」
「まだいる。ヨシが来てんだ」
奏は去年の年越しに寝てしまい、今年は起きていると張り切って昼寝をした。
「じゃあヨシの分もな。喧嘩しないように同じじゃがバタな」
奏のポケットにもう一個を入れてやり、遅くならないように声をかけたが、奏は雪の上を滑るようにして走っていく。それで転ばないのが子どものバランス感覚だ。
それからこの辺りの人たちが来て、ほくほくの芋を持っていき、かわりに餅やみかんを置いていった。毎年代わり映えしない光景だ。
一つサツマイモが残っていた。
掴んだら、ふにゃふにゃした。
それをポケットに入れた。聡司はドロドロサツマイモが好みだ。




