1章6話:コタエナイが返ってくる
ベッドの布団の中で、僕はスマホに向かっていた。
階段下から、「ご飯作っておいて」と母が大声で命じる。マジか、サイアクだな。作ったから食べてね、と言われた記憶もねえけどな。自分で看護師になったくせに大変と言いやがる。忙しいのは趣味のための練習で、家事子育てはスルーだ。父親は研究室にこもってると言えば、家の雑事から免除されると勘違いしてる。
やめた。
もうやめた。
メシ作り洗濯掃除畑の手入れに弟妹の相手。これヤングケアラーっていうんだぞ。
僕は〈ことつて〉に現れたテルと話していた。
ちょっと僕は愚痴も増えたが、AIテルがいつまで僕と話してくれるか不安で、急かされて話す。
テルは返事を出すのに少し間が空く。照の脳みそを探ってるみたいな感じだ。
LINEの企業ボットなんかはあり得ない速さで応答するが、定型句を出すだけ。
だがテルは違う。僕は照のことが知りたくて話しかけるからだ。
テルは特に、照の話のとき時間がかかる。
照はめちゃくちゃタイピング早かったけど、脱字も変換ミスも多かった。でもテルは入力に関してはミスがない。ときどき内容がおかしいだけ。
拓『聞いたっけ、東京の学校をやめた理由』
テル『コタエナイ』
拓『コタエナイ。それフォールバックってやつ?』
テル『寂しいこと言うね』
こいつ……ボットならボットらしく説明でもすればいいだろう。
拓『子どものころからプログラミングしてたんだろ? どんなの作ったんだ?』
テル『どんなの作ったか。初めて作ったのScratchの迷路ゲームだ。一馬と遊んで。その後ラズパイ使って遊んだ』
拓『ラズベリーとかイチゴとかさ、初めて聞いたとき笑った。なんでフルーツなんだよ』
テル『ラズベリーパイのラズベリーはフルーツ名の伝統から来てる。Appleとかブラックベリーとか、コンピュータにフルーツの名前をつける流れがあって。パイの方はPython——起動したらPythonだけ動く小さな教育用コンピュータを作ろうとしてたから。イチゴジャムも日本版のそういうやつだよ』
拓『ブラックベリーもあんのか』
テル『おいしそうだよね』
テルはパソコンの話は何でも答える。
小学校高学年のころにはPythonやProcessingを使って、テキストRPGや簡単なゲームを作っていた。中学に入ったころにはサーバーやWebやって、クラスの連絡用チャットを作って、学内のシステム内だけで使える仮想教室も置いた。行事の打ち合わせもそこでやったりしたそうだ。
拓『一馬と同じ学校だったんだよな? A学院の』
テル『一馬……一馬とは遊んだよ』
テルの言葉が止まる。
他に一馬の情報を持っていないんかな。
AIテルと話をするにはコツがある。
僕が話しかけないと会話が始まらないこと。その上で、テルに質問をするか、答えを促すように話すことだ。テルからは僕にメッセージをくれはしない。
それから話しかけるときに、表現を変えると答えが返ることがある。
拓『一馬は東京のA学院に通っていますか』
テル『いいえ』
A学院じゃねえの?
拓『近所に住んでいるのですか?』
テル『住んでいません』
僕が丁寧になるとテルも丁寧になる。
一馬のことはそれ以上、どう言い換えて訊ねても素っ気ない返事になった。
LINEに通知が入った。
プログラミング部のグループLINEだった。
僕も入っているから、部員のトークが丸見えだ。
白耶麻は雪が深いから、冬休みに学校で集まるのは厳しい。運動部なんかは親が全面協力するから練習もできるが、プログラミング部は休みだ。その代わり課題が出ていた。僕は確認もしていない。
拓『そいや……初めての課題、手伝ってもらったよな。覚えてるか』
テル『覚えてるよ。拓人、オレが絶対にできないミスしたから、驚いた。半角の途中に全角まぜてた』
拓『そか、覚えてるんだな』
テル『うん。ミスにもいろんなのあるんだなって感心したから』
拓『嫌みか(笑)』
春、1年に出された課題は「自己紹介のページ公開」だった。
せっかくなので頻繁に作ってるスイーツ写真を一枚貼ることにした。
順調に進んで、画面に、僕が作った自己紹介ページが映し出されたんだが――
背景は薄いブルーで、写真が表示されるはずの場所に、破れた画像アイコンがあった。
ローカルじゃエクレア写真が出ていたから、エラーのときのチェック項目を確認したんだ。
パスは問題なし。同じフォルダに 『ekurea.jpg』って入れてる。HTMLの記述も <img src="ekurea.jpg"> だ。
ソースコードを開いてタグも見たが、あってるように見えた。
サーバーのキャッシュ、アップロードの失敗などがあるらしいが、僕にはわからん。
照に聞くのも悪いとは思ったが、〈ことつて〉にSOSした。
深夜だったからすぐ返事など来るとは思わなかったが、お茶飲んで背伸びしている間に返信があった。
照『エディタは何?』
拓『起きてた! やべえなおまえ。エディタってVSコードてことか?』
僕のパソコン環境は父が整えた。脳科学者で、簡単なスクリプトは自分で書くから。Mac愛用者で、僕にWindowsを買っておいて、「CotEditorがないのか」と文句を言っていた。
Visual Studio Code——いわゆるVSコードをインストールされたが、僕はちんぷんかんぷん。
ただちょっと将来のために、パソコンも触っておくかくらいの気持ちだったが、父のやる気と詰め込み教育に挫けた。
照とやり取りして、あっさり解決した。
照は想定していたんだろう。僕は全角半角チェックできる拡張機能を追加して、ファイルネームに全角がまざっていることを突き止めた。
照『逆に聞きたいよ。どうやって一文字だけ全角になったの? そっちのほうが難しいよね?』
拓『わからん!』
照『無意識のクセがそうさせたのかな。それはクセを直すか、必ずチェックするかだよ』
拓『手元に画像でたし成功と思った』
照『OSが気を利かせて補完したんだ。公開先のサーバーLinux。一文字でも間違えば存在しないファイルになるよ』
その後半角に打ち直してファイルを保存した後、再アップロードしたら画像が出た。
照にもURLを渡して確認してもらった。
拓『ことつてってURLは送れんだな』
照『文字列だから』
拓『へえ、文字列っていうんか』
テルと話しながら照を思い出して、僕は胸が潰れそうになった。
僕はスマホを放して、仰向けになった。
両肩が固まっていた。痛てえなあ。
「……」
むくっとスマホを掴む。
拓『なんで落ちたか言ってみろ』
テル『コタエナイ』




